やっぱりやらねば
@Anastasia-kkym
Part1-出会い
その1-01
「あぁあ、もう遅刻じゃない。サボった方がマシかも」
教室に顔を出してみれば誰もいなく、黒板に“朝礼”と書かれた一言だけが、その閑散とした室内を物語っていた。すでにHRには遅刻して来ているだけに、今更、体育館に集合して朝礼に顔を出す気も、起こりはしない。
おまけに、今朝から生理になったせいで、お腹は痛いわ、腰は痛いわ、最悪の気分である。これだけ悲惨な時期にぶつかったのも、かなり久しぶりだった。
「お前、目立つことするなよ。それでなくても偉そうなんだからな。しっかり学生やれよ。わかったな!」
うるさいほどに念を押された、あの言葉が蘇ってくる。朝一番でさっさと早退しかけたその足が、本当に仕方なさそうに体育館に向けられていく。
「ヤスキのやつ、自分は寝坊してるくせに」
もう腹が立つ――と八つ当たりをしても、その相手もいなければ、八つ当たりできるような障害物もない。
はあ……、とやる気のない溜め息をこぼし、仕方なく、アイラはその廊下を歩き出していた。こんな日は、朝からのんびりとベッドで眠りたいものだ。
はあ……、と、また、とことんやる気のない溜め息がこぼれて行く。
後期の学科を終えて、超多忙な試験までやっと終えたのに、アイラはなぜまた“学校”などという窮屈な場で一日を過ごさなければならないのだろうか。
ヤスキの口車に乗せられてやって来てみたはいいが、あの男にいいようにコキ使われているだけなのは、疑いようもない状態だった。
「倍額、請求してやるわ。なによ、大したことじゃない――なんて、大ウソついて」
生理痛の痛さに加えて、ここ数週間の鬱憤が積もりに積もって、嫌そうに眉間を寄せたアイラの背後には、今にも爆発しそうな怒りのオーラが漂っているかのようだった。
体育館の前までやってきてそのドアに手を伸ばすと、中からマイクで喋っている誰かの話し声が耳に届いてくる。
極力、音を立てないように、目立たないように、アイラはそーっとドアを押しながら、少し開いた隙間に自分の身を押し入れるようにして、体育館の中に入って行った。
ズラリと並んだ全校生徒が壇上に向かって整列していて、サッと軽く見渡した限りでも、自分のクラスの列がどこなのか見当もつかないものである。制服など着ているものだから、並んでいる生徒が全員同じ形に見えてしまう。
それでなくても、女性徒など髪型が似ていて、格好も似ていて、制服なのに着飾っているその様子が同じで、顔までも同じに見えてくる。
(うちの列、どこだっけ?)
でっかい学校に編入させられたアイラは、編入時に軽く説明されたクラス編成を、もう一度、頭の中で思い出していた。
「確か……ほぼ全学年が15クラスあるのよね。子供が減ったって聞いてたけど、ホント、デッカイ学校よね」
1クラス40人としても、1学年600人である。3学年で約1800人の生徒はいることになる。寮も整っていて、地方からやってくる生徒もかなりいるらしい。
まあ、都内でも有名な私立高校の一つで、進学率90%以上を超える超進学校なので、いい大学に行きたい子供と、それに入れたい親の期待を背負って、ありとあらゆる地域からたくさんの入学者がやってくると言う。
入り口に立っていても目立つだけなで、アイラは仕方なくそこらの列にサッと混ざることにして、それから、自分のクラスの列を探すことにした。
男女が交互に並んでいるその塊の端から1クラスずつを数えていって、その視線が左側に移っていく。目の端になっても、まだ3年の列である。
1、2、3――と向こうの列の塊がよく見えなくなってきた。
なんだか、バカバカしくなって、アイラはそこで数えるのをやめてしまった。
(アホくさ――)
朝礼が終わって、生徒が動き出したその時に、またサッと列から抜ければいいだけのことである。朝礼なんかに参加する気は毛頭なかったが、あのヤスキの念を押すように言った言葉が思い出されて、体育館など、今朝はつまらない寄り道をさせられてしまった。
面倒だから、ヤスキの忠告を無視して、本当に早退すべきだった。
お腹の痛みが増してきた。痛み止めも効かないなんて、今日は悲惨な日である。
(帰ろうかな……。痛い、もんね――)
はぁ……と、痛みが増してクラクラしてきそうだった。
* * *
すぐ隣の後列にいる男子生徒の一人は、見慣れない女生徒が列に混ざって来た時点から、その女生徒に気がついていた。
隣近所は、視界の端から突然混ざって来た気配程度の動きを察しただろうが、そんなことに構う風もなく、それぞれに真剣な様相で、今月の生徒会の報告を聞いている様子である。
元々、男子生徒の数が女生徒の数を上回っているので、どのクラスも男子の列が女子の列よりも長いのが普通だ。
それだけに、隣の列に混ざった女生徒は、向きを変えずとも、そのまま真っ直ぐに視界に入ってきたのだった。
ちらっと、見下ろした袖口は青のラインが刺繍させれている。そうなると、同学年でもなく一年下の2年生ということになる。
なにを思って3年のラインに混ざるのかは知らないが、全校生徒が集合するこの朝礼にまでも遅刻してきて、違う列に並ぶ女生徒が珍しくて、つい、その男子生徒もそこの女生徒の後ろ姿をなんとなく眺めてしまっていた。
だが、微かにうつむいたその様子が普通には見えなくて、少しだけ見える横顔がなんだか青ざめているようにも見えないではない。
スッと男子生徒の足が音もなく動いていた。
女生徒のすぐ真後ろに来た時に、ふっ――とその体が崩れかける。
男子生徒は全く態度も変えず、腕を伸ばしてその女生徒を抱き留めていた。腕に一気に伸し掛かってくる体重の重さからいっても、気を失っているのは確かだった。
全く何でもないことのように、男子生徒はその女生徒の腰を支えながら、ゆっくり、静かに後ろに下がりだした。
列から離れていくと、またも、何事もなかったかのように女生徒と一緒に向きを変え、女生徒が寄りかかっているような様子で一緒に歩いているような雰囲気を見せながら、スーっと音を立てずにドアを横に押して、男子生徒は体育館から出ていた。
ドアを閉める際に、生徒会長からの報告と一緒に、今月の注意や気づいた点が述べられているのが聞こえてきたが、男子生徒がドアを閉めると同時に、閑散とした廊下に二人だけが残されていた。
「君、大丈夫?」
完全に男子生徒に抱きかかえられているような女生徒にそれを聞いても返事が返ってくるはずもなく、男子生徒はちょっとその顔を覗き込むようにしたが、女生徒を支えながら、すぐに反対の腕で足を抱えるようにして女生徒を抱き上げた。
うつむいていて、髪の毛が顔に被さっていたのが、抱き上げられた反動でその髪がサラッと後ろに流れていった。
その露になった顔――顔色は、随分、青ざめているものだった。眉間を寄せて、気を失っているのに、随分、苦しそう――痛そうだったのか――に見える。
(美人だ)
男子生徒は女生徒を抱き上げたまま動き出していた。
(それに――いい、体かもしれない)
ふーむ、と一人、呑気にそんなことを考えながら、その足をゆっくりと保健室へと向けていた。
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