第7話 デートしよう

 正式にお付き合いがスタートして数日。とりあえず気分を変えるためにお互いこれからは下の名前で呼び合うということは決まった。しかし友達期間が長かったからか、私たちの関係性に今のところ大きな変化を感じることはない。


 愛生は私のことがちょっとは好きらしい。しかし、それが果たして本当に恋愛的な感情なのかどうかは正直よくわからない。


 私は自分が人を好きになったことはないけれど、誰かの好意に全く気づくことがないわけではない。


 それはちょっとした表情の変化だったり声のトーンだったり接し方や態度だったりするけれど、それが恋する人の状態だろうというのはわかった。正直パッとしなかった子が、急に輝いて見えるようになることがあって、それは大抵恋によるものだった。


 だからこそ、自分もあんな風に美しく輝けるのであれば、一度は恋というものをしてみたいと思ったのだ。それでいうと、愛生にそういう輝きを今のところ感じない。だから、愛生の好きはまだ友情の域を超えていないのではないかというのが私の見立てだった。


「華恋、デートしよう」


「へ?」


 そんなことを考えていたら、突然そんなことを言われ、思わず間の抜けた声を出してしまった。


「デート。見たい映画があるんだよね」


 しかし私の反応をよそに、愛生は言葉を続けた。


「あ、うん。いいけど」


 これが相思相愛のカップルだったらもう少しお互いに恥じらいや初々しさがあったのかもしれない。しかし、私たちの間にそんな青春めいたことはなく、初デートの開催はこうしてさらっと決定したのだった。


 ◇ ◇ ◇


「ご、ごめん! 待たせた?」


 デート当日。待ち合わせのギリギリに駆けつけた私に対して、愛生は余裕たっぷりの様子でそこにいた。


「おはよ。まあ、セーフでしょ」


 その様子から、なんとなく早めに来て待っていたのであろうことを察して、少し申し訳ない気持ちになる。


「ご、ごめんね、ほら、まともなデートなんて久しぶりだからさ!」


 先日お別れした恋人とはだんだん疎遠になってきてさよならというパターンだったため、これは本当だ。そんな私の謝罪に対して、愛生はにっこりと微笑んだ。


「うん、だから別に遅れてないし。それにデートっぽい恰好をしてきてくれたことも嬉しいしさ。可愛いと思うよ、それ」


「え⁉」


 不意打ちに思わずドキッとした。


 確かにデートということだから、それなりにおしゃれはしてきたつもりだけれど、まさか愛生から『可愛い』と言われるとは。


 なんとなく慣れている感じが癪に障らないでもないが、褒め言葉は素直に受け取っておくことにしている。私は一つ咳払いをすると感謝の意を述べた。


「ありがとう」


 すると愛生はまたにっこりと笑った。これがモテる人間の余裕というやつなのだろうか。どうにも釈然としない私をよそに、愛生はサクサク話を進める。


「じゃ、映画館すぐそこだし行こうか」


「あ、うん」


 そして私たちは目的の映画館へと向かった。




「そういえば見たい映画って何?」


「なんか最近話題のミュージカル映画だよ。結構評価が高いみたいだから気になってて」


 そうして愛生から聞いたタイトルは確かに聞いたことがあった。最近はテレビでもコマーシャルをよく見かける。ジャンルは確かラブロマンスではなかったか。


 初回のデートでラブロマンスとはまたコテコテだな、と思わなくもない。内容によっては逆に気まずくなることもありそうなものだがはたして。


「ところで、手、つなぐ?」


「へ?」


 そんなことを考えていたら、思いがけない質問にまたしても間の抜けた返事をしてしまう。しかし、そういえばこれはデートだった。どうも愛生が相手では気が緩んでしまうきらいがある。


「あ、えと、私はどっちでもいいけど、つなぎたいの?」


 正直、積極的につなぎたいわけでも積極的に回避したいわけでもない。

 強いて言うならつながない方が歩きやすいかなとは思うが、愛生がつなぎたいなら抵抗はない。


「う~ん、じゃあ人混みの中を歩くときはつなごうか」


 愛生はそう言って、私の手をそっと握った。それはとても合理的だなと思ったのだけれど、少しだけ冷たくて少しだけしっとりとしたその手から、実は愛生の余裕の態度の中にも若干の緊張があったのではないかと察した。


 そんな小さな気付きが少しくすぐったくて、私は小さく笑みをこぼすのだった。

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