第32話 都築精児の暴走
ある日、テレビに都築精児が出演していた。
「香織さん、これ!」
「え? ……ッ!」
驚いた僕は、テレビ画面を指さして香織さんに知らせる。すると画面を見た彼女もまた、大きく目を見開いて驚いていた。
『僕の息子の優は、素直で良い子なんです! それを、あの女達がッ!』
画面の中で、都築精児が語っている。とあるニュースの番組の特集のようだけど。
テレビに映る彼は、息子の佐藤優をどれほど大事に思っているのか、僕の置かれている現状について憤りを感じている、ということを語っていた。
佐藤香織という女性は、不当に親権を手放さないでいるという主張も続けている。それに対するコメンテーター達の反応も様々だった。彼女たちの中には、都築精児の主張に対して苦言を呈する人もいる。だが大多数の人は、彼の話に耳を傾けていた。
テレビを使って訴えるなんて卑怯だと思う。しかも、一方的な主張を繰り返して。事実ですら無いのに。
そもそも、当事者であるはずの僕の気持ちなんて一切無視されていた。
どんな卑怯な手段を使ってでも、都築精児は僕の親権を手に入れたいようだった。何故そんなに執着しているのか、理由は分からないけれど。
とにかく、僕からすれば迷惑極まりない行為だ。家族の皆にも迷惑をかけている。特に、香織さんが酷く言われているのが辛い。ますます都築精児を許さなくなった。あんな人と、一緒に暮らすなんて絶対に嫌だ。
「ちょっと、行ってくるわね」
「行ってらっしゃい、香織さん」
その後、香織さんは弁護士の小池さんに連絡を取ると、出かけていった。これから対応策について話し合うのだろう。
僕は、自宅で待機。最近、家の周りにはマスコミの人達がうろついているらしい。そのせいもあって、外出を控えるようにと指示されていた。小池さんが危惧していた通りになっている。しっかり言うことを聞いて、家から出ないほうが良さそう。
更に月日が経過して、番組が放送された経緯について詳細を教えてもらった。
どうやら、都築精児が自らマスコミへと情報を持ち込み、関係者の独断で行われた放送だったらしい。マスコミ関係者に都築精児の知り合いが居て、知り合いの女性がマスコミで高い立場にいる人間だったらしく、強引に実現した企画だったそう。
なので情報の精査も適当で、一方的な主張だけ放送することになった。
それが、大きな問題となる。僕達の弁護を担当してくれている小池さんを通して、相手側弁護士を抗議した。
それだけでなく、家庭裁判所からも厳重注意を受けたようだ。
調停委員の心象も悪くなっただろうと、小池さんは教えてくれた。相手の弁護士が哀れになるほど、今回の裁判がやり易くなったと。それでも油断せず、裁判の準備を慎重に進めていった。
問題は、都築精児だけじゃない。番組を放映した放送局とか、番組の企画を通したプロデューサーも問題だった。
実名報道されてしまったことで、色々と悪い影響が出ていた。
しかし、僕と香織さんは親権問題に対処している真っ最中だったので、実名報道に関しては問題を大きくしたくないと考えた。穏便に済ませるために謝罪を受け入れ、それ以上は抗議しなかった。
その後、テレビでは僕達の親権問題について取り上げられることは一切なかった。これで、かなり周囲の騒ぎが沈静化してくれた。
そんな事がありながら、家庭裁判所での話し合いは順調に進み、判決が下された。結局は、香織さんの意見が完全に通った形となり、都築精児の求めるような結果にはならなかった。
つまり親権は変更されず、香織さんが僕の親として継続する形となった。
この世界では、基本的には働きに出るのは女性の方である。父親が子育てするのが世間一般の考えでもあった。女親だけが親権を持つことは珍しくて、普通は両方か、男親だけが親権を持っている家庭が多いらしい。
だが、佐藤家は女親である香織さんだけが親権を持っている。それは、都築精児が育児を放棄していたから。子育てに参加するつもりはないからと、僕が生まれて間もなく親権を放棄していた。
それなのに、後になって急に親権が欲しいと言い出した。そんな都築精児の行動や言動から、親の資格なしと判断された。
マスコミに嘘の情報を持ち込み拡散したり、反省する態度も見せない。裁判中にも自己中心的な言動が目立って、判決の決め手となったようだ。
そんな経緯により、僕の親は香織さんのまま、となった。
「あぁ、良かった! 私はまだ、ゆうくんの親でいられるのね」
「僕も良かったです、香織さん。母さんの息子のままで」
僕は今、香織さんに抱きしめられていた。僕も彼女も問題が無事に解決して、心の底からホッとしていた。これで、また家族皆で暮らすことが出来る。そう思うだけで嬉しかった。
「本当に良かったよ」
「ありがとう、春姉さん」
僕の頭を優しく撫でてくる春姉さんの手を、嬉しく思う。涙が出そうなほど感情が高ぶっているのを感じた。
前の世界で33歳を過ぎたようなおっさんの僕が、女性に頭を撫でられて嬉しいと思うよりも恥ずかしいと感じるべきなのかもしれないけれど、今の僕は泣きたくなるぐらいの嬉しさのほうが強かった。このままだと、本当に泣いてしまいそう。
「しっかし、せっかくだから何かお祝いしたいよな」
沙希姉さんが、本当に嬉しそうな笑顔で言う。そんな彼女に、僕は問いかけた。
「お祝いって?」
「何か、美味しいものを食べたりしたいわ」
すると今度は紗綾姉さんが、ニコリと笑いながら僕の疑問に答えてくれた。それは良さそうだ。
「それじゃあ、僕が何か作ろうか? 皆は、食べたい物のリクエストとかある?」
お祝いの御馳走を作ろうかと考えた僕は、家族皆に質問した。すると、皆が一斉に首を横に振る。
「ゆうくんのお祝いだから、ゆうくんに作ってもらうんじゃなくて、何か別のことにしましょう」
抱きしめるのをやめて離れてから、僕の肩に手を置いて香織さんが言う。横に居る春姉さんが、手をポンと叩いて言った。
「今度の休日、家族皆で出かけるというのはどうだい?」
「良いわね。家族皆で、休みの日に出かけましょう!」
「どこに行く?」
「遠くに出かけたいな」
「……別に、どこでもいい」
一番に反応したのは、香織さんだった。そして次に、沙希姉さんと紗綾姉さんが。いつものように大人しくしている葵ちゃんも居た。
その夜、家族皆で遅くまで休日をどうするかを話し合った。話し合いの結果、次の休みの日には皆で泊まりの家族旅行に行くことが決定した。
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