第14話 電車にて
香織さんと、夜に2人で話してから数日後。
お金の問題は、とりあえず話を聞くことが出来た。今すぐ、僕が働きに出る必要もなさそうだと分かったので、今は学生として勉強に専念する。今回はちゃんと勉強に集中して、良い大学を目指してみるのも良さそうだ。将来、もっと稼げるように。
家族皆の朝ごはんを準備してから、学校に行く支度を済ませる。
「行ってきます」
「はーい、行ってらっしゃい。気を付けてね」
「うん」
春お姉ちゃんに見送られながら家を出る。家を出るときは、春お姉ちゃんがいつも見送ってくれるのが習慣となっていた。家族の中では春お姉ちゃんが、家を出るのが一番遅いから。
学園行の電車に乗り込む。何時ものように、男性しか乗っていない車両。ぐるりと電車内を見回してみると、圭一君が先に乗っていたようで、僕の姿を見つけて手招きしているのを発見。僕も、そっちに移動する。
「おはよ、圭一」
「おっと、おはよう。ゆう」
圭一は返事とともに、席から立ち上がり僕の後ろに回り込んだと思うと、腕を首に巻きつけてくる。
「ええい、鬱陶しい! 男が抱きつくなよ」
「いいじゃんか。男同士だし、優の身長って抱き着きやすいんだよね。これぐらい、ちょっとしたスキンシップさ」
僕の身長が150cm程で低くて、圭一は170cm以上もあって高い。横に並んで立ったら、より身長差が明確になる。だから、あまり彼とは並んで立ちたくない。
「もう! 嫌だって!」
低身長がコンプレックスな僕に対して、ひどい仕打ちをする。僕は冗談っぽく怒りながら、圭一君の腕を掴んで拘束から抜け出した。すぐに電車の席に座り、鞄を前に持ってガードを完成させる。これで抱きつくにくいだろう。
「もう、ちょっとぐらい良いじゃんかよぉ」
小さな声で不平を言いながら、隣の席に座る。さすがに、ここから覆いかぶさってくるようなマネはしないかと、内心ヒヤヒヤしていた。そういう事を警戒する必要があるぐらい、圭一君のスキンシップが激しい時がある。今朝も、少し激しめだった。
電車が発進する。
電車内では圭一が、会話の話題を振ってくれた。おしゃべりするのが好きらしい。僕は、聞き役になることが多かった。
「優は昨日のドラマ、見た? シノさん、かっこよかったよね」
「ごめん、昨日はテレビ見てないなぁ」
シノさんというのは、今圭一がハマっている
以前、僕は圭一のコレクションのサイン入りブロマイドを見せてもらったけれど、筋肉モリモリな身体に鋭すぎる眼光で、怖いと思った。素直な感想を彼に語ったら、3時間ぐらい四宮恵子の魅力について語られたという、嫌な思い出がある。
「優って、テレビを全然見ないよね。アイドルにも疎いし……って、ごめん」
圭一君が謝る。多分、記憶喪失の影響でアイドルについて忘れてしまった、なんて思って、忘れた僕を非難してしまったかもしれないと、彼は考えたのだろう。
「大丈夫だよ。疎い分は、圭一に教えてもらえばいいし。……って、何?」
ハッと驚いた顔でこちらを見ていたかと思うと、急に僕の両手をぐっと握ってきて宣言した。何だ、これは。
「わかった! このアイドルマイスターの僕が、優に素晴らしいアイドルについてを叩き込んであげる」
「い、いや、そこまで張り切る必要もないかも……」
妙に気合を入れて燃えている圭一君に、少し引いてしまう。これは、余計なことを言ってしまったのかもしれないな。
「それで、さっきのドラマの話の続きなんだけどさ。相手役の
昨夜のドラマについて語り足りてないのか、話を戻してしゃべり始める。僕も頷きながら、彼の話を聞く。
「背が小っちゃくて、顔も美人で、服のセンスも可愛くてさ。もう本当にむかつく。あのお坊ちゃん、絶対裏では嫌な性格だと思うよ。間違いないね」
「真央って?」
「
「へぇ。その真央って男は、そんなに嫌なやつなの?」
「う~ん、バラエティとかに出演しているのは見たことないからさ。実は、あの男の性格とか分かんないんだよね。身長が150cmも無くって、女が大好きそうって顔で。嫌な性格の奴って言ってるのも、ほとんど僻みだけどね」
嫉妬してしまうぐらいの人、ということか。身長が150cm無いなんて、僕より背が低いらしいけど。それだけで親近感が湧く。そんな事を考えていると。
「でも、絶対優の方が可愛いよ!」
そう言って、僕の頭を抱きかかえようとする圭一君。僕とのスキンシップを諦めてなかったようだ。
「いや、だから、ヤメてって。暑苦しい!」
「いいんだよ、男同士だからさ。ほら、あっちの車両を見てみなよ」
「どれ?」
「ほら、あの女の人」
そう言う圭一の指す先を見てみると、隣の車両に乗っている美人な女性が貫通扉の窓の部分から、僕達のことを穴が空くほど凝視していた。
貫通扉は、こちら側からカギが閉められている。なので、向こうからこっち側には入ることが出来ないはず。だけど、あんなにジッと見られるとちょっと怖いなぁ。
「うーん、あんまりパッとしない女だね。だけど、あんなに興奮した目で見られるとすごい優越感」
「いや、だから。ヤメて、って」
「ほらほら、男同士の絡みを見せて、あの女を興奮させてやろうよ」
「そんなの、ごめんだよ! 恥ずかしいッ!」
フワッと男臭い匂いを感じた瞬間に思わず僕は、席から立ち上がり距離を取り臨戦態勢に入る。ちょっと、ひっつきすぎだろう。
「いやいや、固いよぉ優。学校じゃ、今はまだ退院したばかりだって、みんなが遠慮してるけど、これからは絶対に男子のスキンシップとか増えるよ。今のうちに慣れておかないとヤバいかも」
確かに学校で、圭一君以外の男子生徒からのソフトタッチが増えているような気がしていた。
あれでまだ遠慮していて、これからもっと過激になっていくなんて。ソフトタッチぐらいなら、そんなに気にならなかった。だけど抱きつかれたりすると、キツイかもしれない。だって、男同士なんて。
「うーん、やっぱり男に抱きつかれるのは嫌かも」
「身持ちが堅いのも、ある意味では魅力かもしれないけど。男相手に警戒してもね、って思うよ」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。ほら、駅に到着したし降りよ」
「あ、うん」
いつの間にか、目的の駅に到着していた。電車から降りて、僕達は学園へ向かう。
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