第13話 夜半

 姉妹に夕食を振る舞い、いつものようにお風呂を先に頂き、リビングで一息つく。今日も母親の香織さんは残業のようで、帰りが遅い。


「もう10時か」


 連絡では、10時までには帰ると連絡があったが何時ものごとく時間は過ぎ去る。準備していた夕食は冷め切ってしまったので、ラップをかけて片づける。食べる時に温め直してもらおう。


「優、母さんは遅いみたいだからもう休みなさい」


 春さんが、リビングに来て言う。


「うーん。もう少しだけ、待ってみます」


 心配そうな顔で言われると、休まないとなんて思うがもう少し待っていたいという気持ちが強い。


「……そう。遅くなるようだったら、日が変わる前には必ず寝るんだよ。悪いけど、私は先に休ませてもらうから」

「うん。おやすみなさい」


 香織さんは毎日忙しい。そして、家には父親が居なかった。もしかしたら、家庭は金銭的に苦しいのかなと考える。


 僕の入院費が負担になっているかもしれない。香織さんからは、特にお金に関する話はなかったけれど、そういう部分を僕には見せ無いようにしているかもしれない。


 そうだったとしたら、僕もバイトする必要があるかも、とか考えている。


 この世界で起きてから、これまでの生活が脳裏によぎる。前の世界と比べてあまりにも、心地よかった。母親や姉妹の家族愛のこもった気遣い。


 前の世界だと、息子ならたくましく放任主義で娘は大事に過保護に育てられるってイメージだ。けれど、この世界ではまるで逆だ。姉妹は割とほっとかれて僕は母親に大事にされている事が良くわかる。


 姉妹は、それを疎ましく思う事もないようだ。母親と同じく僕を気遣ってくれる。そういう優しい人達だから、僕も何か役に立ちたいと思う。


「ただいまぁ」


 疲れきった香織さんの声が、玄関から聞こえてくる。時計を見てみると、11時を過ぎていた。思ったよりも、考え込んでいたようだ。


 僕は玄関に移動して、香織さんを迎える。


「お帰りなさい、香織さん」

「えっ!? ユウくん。こんな時間まで起きて、わざわざ待ってなくても……」


 もう寝てるのだろうと思っていたのか、出迎えた僕を見て驚く香織さん。チラッと腕時計を確認して、さらにびっくりしながら言う香織さん。


「いえ、待ちたかったから待っていただけです。それよりも、ごはん先にしますか、それともお風呂を先にしますか」


 なんだか、新婚の夫婦みたいだなと考えつつも日課になった香織さんのお出迎えの言葉を言う。


「えっと……。じゃあ先に、ごはんを頂ける?」

「わかりました。すぐ温めるんで、ちょっとだけ待っててくださいね」


 リビングに入り、先ほどラップをした食事をレンジにかける。本当なら、作り直してあげたいが、時間が足りないよね。


 香織さんが、食べ終わるのを待ってから食後の紅茶を振る舞う。食後の落ち着いたタイミングを見計らって、先ほど考えていた事を聞いてみる。


「香織さん、ちょっと聞いても良いですか」

「なぁに? ゆうくん」

「もしかして、ウチってお金に困っていたりしませんか?」


 困惑顔になる香織さんに、やはり聞くのはまずかったかな。そう思いながら次々に言葉が口から出る。


「入院費って結構掛かったんじゃないかって思って、それで香織さんがいつも帰りが遅くなってて無理してるんじゃないかって」


 言っていくうちにどんどん険しくなっていく香織さんの顔を、これ以上見れないと視線が膝の上に向かう。


「もし、苦しいんだったら僕もバイト探してお金を稼ぎます」


 香織さんのイスから立ち上がる音が聞こえて、もしかしたら子供が生意気だなんて叩かれるかもしれないと思った。だけど、ふわっと頭を抱えられいい匂いがするのを感じ抱きしめられているんだと数秒経った後に理解して、安堵と緊張感が高まる。


「子供がそんな心配しなくていいのよ。それにウチは、そんなにお金に困ってませんから、バイトをする必要なんてないのよ」


 それを聞いて、安心した。香織さんが言っていることは本当だろう。お金に困っていないのなら大丈夫か。


「それよりも、今日の生殖検査すごく高い数値だったのよね」

 突然、別の話題を振ってくる香織さん。もしかしたら、話をはぐらかされたのかと考えた。だけど何も言わず、彼女の気遣いに感謝しながら受け入れる。


 そう言われて、今日の保健室での出来事を思い出した。だけど、なんで香織さんが知っているのかと、疑問に思う。


「なんで、知っているんですか?」

「息子の身体状態って、すごく大事だから親に報告が来るのよね。特に、生殖力数値なんて、いろいろ手続きとかもあってすぐに連絡が来るのよ」

「そうなんですか」


 男性の数が少ないので、こんな所でも過保護にされているのだろうと思った。


「そうなんです。それじゃあ私は、お風呂に入ってくるわね。ゆうくんは、もう遅いからすぐに寝る事」

「はい、わかりました」


 抱きついていた腕を放して、お風呂に向かう香織さん。家計事情を知って安心した僕は、自分の部屋に帰った。

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