一目惚れした。声かけた

@tosa

 結論はやっぱり「ありがとう」

 その人を見た瞬間、背中に電気が走った。

テレビで芸能人がそんな事を言っていた。


 俺は特段感想も無くそれを聞き流していた

が、それが本当だったと思い知らされる事態になった。


 本当に背筋に電気が走った。否。走り抜けた。彼女を一目見た瞬間。


「いや。それちょっと大袈裟じゃね? なんか恋する自分を無理矢理盛り上げているみたいじゃん」


 大袈裟じゃない。テレビで電気が走ったと言った芸能人の話も嘘じゃない。本当だ。生きた証人がここにいる。


「それで? 電気が走ったのが先? 彼女に一目惚れしたのが先? どっちだよ?」


 はい? 何だよその細かい質問は。どちらでもいいだろう。そんな事。いや。待てよ?

そう言われると少し気になってくるな。


 先ず電気がビビビッと走って。ん? 正確には彼女に一目惚れしてから電気の順だろうか?


 どっちだ? どっちが先だ? うわやばい

。すんごい気になって来た。なんかこれ、すごい大事な事じゃないか?


 人を好きになる瞬間。それは果たして心と身体どちらが先に反応するのか? 一目惚れと言う認識なら心。電気なら身体。これはちょっとした議論を交す題材になるのではないだろうか?


「長引きそうだからその話題はもういいや。それより彼女の事を教えろよ。お前の余計な心情を抜きして。あ、これ要するに短くまとめてね。って意味な?」



 人に話題振っといて答え聞かないんかい。

えーっと? そうそう。彼女の事ね。彼女はパン屋の店員さんだった。


 急行電車が停車する割と規模の大きい駅ビルにそのパン屋はあった。その沿線を利用する人なら誰でも知っているチェーン店だ。


 その日は小雨が降る二月の寒い昼下りだった。昼食をパンで済ませる為にその店に入り

、適当に見繕ったパンをトレイに乗せレジ前に置いた。


「いらっしゃいませ」


 可愛らしい声に反応し俺は顔を上げた。俺が選んだパンをレジで計算しているのは小柄で細い女性だった。淡い茶色に染めた髪の毛を束ねた彼女の顔を見た瞬間、順番は定かではないが、一目惚れと電気が俺を襲った。


「で? 速攻声をかけたの? 声かけて撃沈した?」


 いきなり声かけられるか! ナンパ男じゃあるまいし。こちとら自慢じゃないが異性にモテた事なんざあ「記憶にございません」って繰り返し答弁するくらいのスペックなんだよ!! いてて。自分で言ってて傷つくわ。


 だがら撃沈してないわ! この時点ではな

。まあ結局最後は撃沈するけどな! ん? ちょい待てよ。なんで撃沈前提の質問なんだよ!?


「めんどくせーなあ。 声かけなかったの?

じゃあ、その後どうしたんだよ」


 はあ? 決まってんだろ! 低スペック男がやれる事なんざぁ限られているんだよ。取り敢えず仕事帰り毎日パン屋に「あの娘いるかな?」って足繁く通ったわ! 一目顔を見る為にな!


「はあ? 何だよそれ。全然進展しないじゃん」


 言われなくも分かってんだよそんな事は!

連チャンでパン食が続くと結構辛いんだぞ

? 


 自分では結構パン好きと思っていたけど

、夕食はパンだけだとやはり腹が落ち着かない。


 やっぱ米なんだよ! 俺って日本人なんだよ! 晩飯は米食ってなんぼなんだよ! それを気付かせてくれたのはあの娘だ! 


「······いや。米とかパンとか、お前の夕食事情はその娘に関係ないからな? 格好良さげに言っているけど全く無関係だからな?」


 それでも俺はパン屋通いながらある作戦を思いついた。彼女と話すきっかけを作る作戦だ! 聞きたいか?


「······聞きたくないって言っても、絶対無理矢理聞かせるつもりだろう?」


 いいか? 作戦の概要はこうだ。俺はトレイに乗せたパンを誤って床に落とす。店員である彼女は当然客である俺に近づいて来る。


「大丈夫ですか?」


 俺の考えに考え抜いた予想では、彼女はそう言うだろう。


「······いや。彼女店員さんだからさ。逆にそれ以外の台詞あるか? あったら教えてくれよ。と、言うか? お前その作戦実行する気か? いや。既に実行済なら今すぐタイムマシンに乗って過去の自分の行動を止めた方がいいぞ?」


 心配は無用だ! 俺は食べ物を粗末にしない。パンは床に落ちても問題無いように、予めビニールで包装されたパンのみを選定していた。抜かりは無い!

 

「······いや。心配しているのはパンを粗末にするとかしないとかじゃないからな? お前のその行為事態を即刻停止しろって言ってんの。分かる?」


 俺は意を決して店内でパンを床に落とした。案の定、彼女は「大丈夫ですか?」と心配そうに俺に駆け寄ってくれた。どうだ!? 俺の作戦は見事に結実したのだ!!


「······で? その茶番で肝心の話すきっかけになったのか?」


 茶番て言うな!! きっかけ? きっかけに······なってないな。その場はパン拾って会計して終わりだ。


「······そろそろ帰りたいから手短に結果だけ教えてくれる?」


 いつの間にカレンダーが三月になっていた俺は焦っていた。四月は進学、卒業、就職シーズン。


 俺は彼女の名前も年齢も何も知らない。彼女が四月以降もパン屋で働く保証は何処にも無かった。


 彼女との接点はパン屋のみ。それが途切れたら二度と彼女には会えない。追い詰められ俺は最終手段に出た。


「ストーカーしたの?」


 するか阿呆! 彼女に声をかける事にしたんだよ!!


「いや。だから最初からそうしとけば良かったんじゃね?」


 それが出来れば世話ないんだよ!! 少しずつ話かけて徐々に仲良くなるなんて、そんな特殊能力は生憎持ち合わせてないんだよ!!


「いや。自分の低スペックを逆ギレされても困るんだけど」


 とにかく俺は決行日にジョギングをして望んだ。


「何でジョギング後なんだよ?」


 え? いや。ジョギングした後だと気持ち顔がシュッとなるだろ? 出来る事はしないとな!

 

「何でドヤ顔なんだよ? つーか。根本的に頑張る所そこじゃないだろ?」


 ともかくだ。俺は心臓音が口から出そうな位に緊張しながらパンを乗せたトレイを彼女の前に置いた。


 彼女の仕事の妨げにならない様に、パンを袋に入れる所までじっと我慢する。そして袋を俺に差し出した所で俺は口を開く。


「あの。今日、仕事何時に終わりますか?」


 彼女は両目を見開き、少し戸惑った表情になる。


「······え? は、はい。21時迄ですけど」


「ちょっとお話があるんですけど、待っててもいいですか?」


「······分かりました。店の前のオブジェでいいですか?」


 駅ビルのメイン通りには、巨大な桜の木のオブジェが鎮座していた。俺は頭の中が真っ白になりながらそこで彼女を待った。


 そして彼女は言葉通り仕事後に来てくれた

。私服姿も可愛いかった。それよりも本当に来てくれた事に感動した。


 俺の一連の言動は自分にそのつもりが無くとも、ナンパと言われても抗弁出来ない行為だった。それでも彼女は話を聞いてくれた。


 貴方と話がしたい。もし良かったら連絡先を教えて貰えませんか。俺は彼女にそんな事を言った。


「彼氏がいるのでごめんなさい」


 彼女は礼儀正しくそう返答した。一目惚れした女の子に声をかけて断られた。ただそれだけの事だった。


「まあ。突っ込み所満載だけど、納得出来たんだろ? 一応声はかけられたんだから」


 ······行動しないで後悔するより、行動して後悔した方が良いって言うけどさ。一緒なんだよね。結果は振られた。その事に変わりは無い。


 行動して良かった! って思うより、とにかく彼女への感謝の念が強かったかな。俺の話を聞いてくれてありがとう。そう言う思いが込み上げて来る。


「まあ。彼女を良い人偶像崇拝して、いい思い出にしたいよな。せめて」


 いや。正直いい思い出にしたい訳でも無いな。振られたから悲しいし、自分の拙い行動には広大なイチゴ畑より赤面するし。


「いや。その例え駄目だろ。全国のイチゴ農家さんに平身低頭謝れ」


 まあ。ともかくだ。人間は自分の人生の時間の一部を使った行為に、何かしら理由をつけたいんだと思う。


「これは無駄じゃなかった。って自分を慰める為か?」


 そうかもしれない。人生に無駄な事は無いって言う人もいるけど、俺に言わせるとその人は、自分の人生に空虚が存在する事を恐れているんじゃないかな。


「お前は恐く無いの? その人生の空虚ってヤツが」


 恐いも何もそれは個人の問題だろう? 自分の人生の時間をどう使い、どう思うかはその人次第だ。


 所詮、この世界の出来事は個々の脳内で起こる物語だ。格好つけて言うのなら、彼女は俺の物語に登場してくれた。


 そして自分の貴重な時間を使い、俺の話を聞いてくれた。


「要するに?」


 結論はやっぱり「ありがとう」かな。


「人生の終わりの瞬間に、それが言えたら上等かな」


 多分ね。

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