第8話

「向かいの土手の桜見ましたか? 今が散り頃とは少し物悲しいですが、それも趣があって良いというものです」


 「そうですね」と小鳥遊は微笑む。正直、草花に想いを馳せるような性格はしていないが話をスムーズに進めるためにいつでも嘘をつく準備はできている。それを真意と受け止めたのか葉山が「さて」と呟いた。


「こちらとしては最終案を確認次第すぐに契約をと思っているのですが、説明をお願いしてもよろしいですか?」


 「はい」と小鳥遊が大きく頷く。宇津木社長はじっとこちらのほうを見つめてくる。その瞳は小鳥遊の内面の奥深くを覗き込むようでしばし体に緊張が走った。米原が咳払いをして小鳥遊はハッと意識を戻す。こんなことはめったにないのだが緊張しているのだろう。資料を握る手が微かに震えている。自分でも笑ってしまいそうなほど掠れた声が出た。


「弊社の方針といたしましては、キジマ鉄鋼さんの上質で半永久的な硬度を保つL10番からP3番までの部品を主要鉄骨に組み入れようと考えております。我が社の社訓である『世代を超えた家づくり』のためにも御社の鉄鋼技術は不可欠なものであり、長い目で契約を結んでいただきたいと考えております」


 「次のページをご覧ください」と米原が促す。3人の指がページをめくったところで小鳥遊は一呼吸置いた。


「こちらの図面が実際の着工部分になります。スミから天井の70パーセントの部位に先程の鉄骨を入れる予定です。注文住宅においては、オプションの納屋や屋根裏部屋、ロフトなどの部分も御社の鉄材を導入する予定です。腐りにくい鉄材は湿気の多いこの日本の住環境にはもってこいの材料なので恒久的に家を保てます。また、近年激増する水害や地震などの自然災害にも強い家づくりを御社とともに目指していければと思います」

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