第1話 失声症
君に出会って、僕は初めて“失声症”という病気を知った。正確な病名は“解離性障害”の“解離性運動障害”というらしい。正直、病名を聞いてもさっぱりわからなくて、そうなんだと僕はただ頷いただけだった。
君に勧められるまま居酒屋へと行った。店内は薄暗くて、青い照明が綺麗だった。どうやらカウンターしか空席がないらしく、君とふたり並んでカウンターに座った。長い髪と長いピアスが揺れて、なんとなくだけれど年上なんだなとぼんやり考えていた。
“何か食べられないものはある?”とメモ帳が差し出される。僕は野菜が嫌いだからそう伝えると、わかったと彼女は料理を頼んでくれた。さすがに何を食べたかまでは詳しく覚えていないけれど、君が甘いお酒を美味しそうに飲んでいたのを覚えている。どうやらお酒に強いらしく、たくさん飲んでいたが酔った感じはしなかった。
印象的だったのは緑色のバナナ味のノンアルコールカクテルだ。君は“変わったもの”を頼むのが好きらしく、嬉しそうに頼んでいた。一口飲んで、顔が綻ぶ。そしてこちらに一口勧めてきた。
僕はいわゆる“潔癖症”だった。親でさえ、口をつけた物は汚いと感じてしまう。回し飲みなんかもっての他だ。歴代の彼女でさえ無理だった。それなのに。
僕は彼女の緑色のカクテルを飲んでいた。確かに緑色なのにバナナの味がして面白かった。けど、驚くのはそこじゃなかった。僕は躊躇うことなく回し飲みをしていた。じっと君を見ていた。太っていると体型を気にしていた君だったけれど、そんなに太っているという感じではなくて“柔らかそう”という感じだった。
居酒屋を出て、行ったのはカラオケだった。声が出ないのにカラオケに行ってどうするんだろうと不思議に思いながら着いていった。君はカラオケが好きだったらしく、声が出る頃はよく行っていたのだそうだ。
その頃にはメモ帳でのやり取りも慣れて、君が聞きたいと言う曲を歌った。君はものすごく喜んで、僕は嬉しかった。
君が近づいてきて、僕の足の上に乗る。黒子のある少し厚い唇が僕の唇に重なった。
柔らかくて、温かい。
少しお酒の匂いと味のする唇。
初めてのキスだった。
全然嫌なんかじゃなかった。汚くもなかった。
カラオケを出て、家に送ってもらった車の中でも僕たちはキスを繰り返していた。夜中の3時に君は明日仕事なのと帰っていった。
気がつけば僕は君のことが好きになっていた。
家に帰って、気になって“失声症”を調べてみた。強いストレスが原因で声が出なくなるらしい。明るく見えた君は一体どんなストレスを抱えているのだろうか。心配になる。
また、会いたいな。
また、会えるかな。
こうして、君との初デートは終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます