第6話
翌日、最後の別れは今までの仲間と同じくあっけないものでした。スタッフ含めて皆が見送る形なので当たり前といえば当たり前です。ここでドラマチックに言葉が出てくるような事もなく、
【バイバイ、元気でね】
ユウキはそう書いたノートを見せて手を振り
笑顔で見送りました。マユの少し寂しそうな笑顔にはきっと気付かないふりをして。
(ユウキ、いいの?これでいいの?)
私は今日の朝から、ずっとユウキに語りかけていました。私はユウキと一緒に病院の先生の話をこれまで聞いてきました。言葉を発せない原因は、身体的な異常があるからではなく、心因的なものだろうと。喋りたいとユウキが心から思えばスッと出てくるはずだ、と。
(今を逃したら、どこで喋るのユウキ!そんなしょぼくれたままでいいの!?ユウキ!!)
マユの姿はもうありません。荷物をまとめて病院の正面口に向かっているでしょう。窓の外から迎えの車が待機しているのが見えました。
「……ま…う……ま、ゆ……マユっ」
(え!?)
その時、確かに私は聴こえました。
まだ話せないはずのや行、マユ、と。
ユウキは少ししか開かない窓を急いで開けました。
「マユーー!!マーーユーーー!!!!」
丁度外に出てきたマユの姿が、6階からでも
ハッキリと見えました。表情までは見えませんがきっと目を丸くしているでしょう。
「マユありがとーー!!元気でねーー!!
大好きだよーーーー!!!!」
すると周りから歓声と拍手の音。でもユウキは
外へ耳を澄ませます。
「ユウキー!!よかった!ボクも大好きだよ!!
元気でねーー!!」
精一杯に手を振ってくれるマユに、ユウキもブンブンと大きく手を振り、泣きながら笑っていました。
(よかった、がんばったねユウキ)
私もまた心の中で泣いていたと思います。でもそれは全然イヤな涙ではありませんでした。
それからほどなく、私はある朝ふと目覚めたら、元通りの私に戻っていました。念の為にともうしばらく入院していたのですが、異常なしと最後の診断を受け晴れて退院。私の家族がもうすぐ迎えに来るとの事です。
ユウキはどうなったのか分かりません。でも確かにあの時、私はユウキという真っ白な私をずっと近くで見てきたし、それは夢でもなんでもなかったし、マユという患者も確かにいたのです。だからきっと、私の中でユウキは生き続けていると思います。
(負けてられないな。見ててねユウキ)
私は入院してから初めて外に一歩出ました。
風が肌を撫でる感覚、暑い日差し、空気の匂い。
何だか全てが新鮮に感じました。
きっとこれからの私の人生は今までと大きく変わる気がする。そんなワクワクを感じながら、私は迎えに来た家族に笑顔で手を振りました。思い出のいっぱい詰まったノートを胸に抱きながら。
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