孤独な蝶は、もう孤独じゃない。

 化粧水は大ヒット。わざわざ遠くからやってきた客までいて、すぐに完売した。常連客もできて、私の屋台はここずっと売上価格の目標ラインをずっと達成していた。

 改良商品を出してみたり、色々な試みをしていく中でどんどん有名になったこの小さな屋台。

 黒髪に黒目。どこから来たかも分からない私の存在が、受け入れられたのだ。それが私を幸せにさせた。居場所があることが、どんなことよりも嬉しかった。


 そんな中、すっかり冬景色となった桜華国。この国にも年明けにお祝いをする習慣、お正月というものがあるらしい。

 その年のお正月は、この十九年間で一番賑やかだった。菊さんたちがいて、月夜様に水蓮様。そして、燈火さん。一つの机を囲んで美味しいご飯を食べて笑い合う。

 素敵な一年になることを感じさせるような、そんな日だった。


 屋台の方も相変わらず繁盛し、私もこの国に随分と馴染んだ頃。桜華国の木々が桜色に色づく。私が、小さい頃嫌いだった月、四月がやってきた。

 なぜ嫌いなのかというと、私の誕生日があるからだ。産まなければ良かったと言われ続けた私にとって、産まれた日のある四月が来る度に、憂鬱な気持ちになった。

 たまに桜が視界に入ると、本当の家族のことを思い出して少し気が重くなる。


 そんなある日、突然月夜様から呼び出された。

 何を言われるのか、何が何だか分からないまま私は王宮へと向かう。今回はちゃんと月夜様からの招待状があるから正門から入る。

 すっかり門番さんとも知り合いになってしまって、最初はあんなに警戒されてたのに、顔を見ると挨拶するような仲にもなった。

 王宮の豪華な襖の奥から聞こえてくる賑やかな声。菊さんたちの声ではない。月夜様と、皇国の王子様の声。また喧嘩しているのか。


「入りますよ」

「……ああ、星蘭か。入れ」


 月夜様はどこか不機嫌そうな声で答える。

 私は襖を開けて部屋へと入った。やはり部屋には月夜様とリュカ様がいた。二人ともとても怒っている。今度は何が原因だろうか。


「我は星蘭と二人きりが良いのに、この男がうるさいのだ」

「なんで俺が悪いみたいに言ってるのかなぁ? 俺はぁ、ただ反対だって言ってるだけ」

「はっ。何を嘘ついておるのだ」

「何を強がってんだか。見た目は若くても、中身は老人のくせに」

「今日という今日は許さぬ!」


 ああ、なるほど。

 私は何も言われずともこの状況を理解した。またくだらないことで、と呆れながら二人を眺める。

 実年齢こそ十ほど離れているが、まるで一つ違いの兄妹のようだ。これを言ってしまったら、特にリュカ様に叱られそうだ。


 月夜様とリュカ様は婚約を結び直し、今は婚約者という関係。月夜様の花嫁修業があるらしい。リュカ様はこの桜華国の王となるので、現国王から教育を受けているのだそう。

 まあ喧嘩するほど仲が良いと言うし、仮面夫婦よりは良いかもしれない。多分。


「あの、月夜様。今日はどういった用ですか?」

「ああ、すまぬ。実はな、あの話を実現させようと思うのだ」


 私は首を傾げる。あの話とは、一体何だろう。


「覚えてないのぉ? ばっかだねぇ。お姫様が言うには、屋台で成功したら店を出すって話だったんでしょ?」


 その話か。冗談だと思っていた。

 私は、ほうほうと頷いた。


「せっかくだから、屋台街でない所はどうかと思っておるのだが。星蘭の意見を尊重しよう」


 そうは言っても、私はこの桜華国にある地名は屋台街と露海港と紅雷森しか知らない。露海港は魚ってイメージがあるし、紅雷森にはそもそも人は入らない。となると。

 そう悩む私を見て何かに気づいたのか、月夜様は慌てた様子で首を横に振る。


「そうだった。お主はこの国のことをちゃんと知らなかったよな。我の案なのだが、陽咲村はるさきむらという場所に出すのが良いと思うのだ」

「陽咲村……ですか?」

「ああ。村とは言っておるが、とても栄えた場所でな。人口が一番多い場所でもある。子がいる家庭が多いのも特徴で、遠出したくてもできない家が多くある。そこで、有名になりつつあるお主の店がそこへできたら、主婦なんかは喜ぶのではと思ったのだ」


 なるほど。私は月夜様の言い分に納得し、頷いた。

 初めて聞く村の名前だが、話を聞く分には良い場所のようだ。せっかく好きな所に出せるのだから、そうやって新しい土地で挑戦するのも良いかもしれない。


「分かりました。その陽咲村に、店を出させてください」


 私がそう言うと、月夜様はその可愛らしい顔で思いっきり笑顔を作った。


「そう言うと思って店となる物件はもう手配済みだ。今からでも兄上と見に行くと良い。兄上は場所を知っているからな」


 私はそうして月夜様とリュカ様に挨拶をした後、家に帰った。燈火さんに話をしようと部屋へ向かうと、燈火さんは外へ行く気満々だった。


 二人で一緒に陽咲村へと向かう。陽咲村はこの屋台街の右隣にある。研究所自体が屋台街の右端にあるから、思ったより店となる物件はすぐ近くにあった。

 こじんまりとした、可愛らしい小屋のような木造建築の店。中は思ったより広く、天井が高くて開放感があった。

 元々店用に造ったのか、店にするにはうってつけの物件だった。


「とても気に入りました。すごいですね。新しいようですし、ここでやれるなんて幸せです」

「そう言って頂けて何よりです。用意してきた甲斐がありました」

「用意してきた?」


 私は少し理解のできない燈火さんの言葉に首を傾げる。燈火さんは微笑んだままだ。


「星蘭、今日何の日かご存知ですか?」

「今日……。あっ、私の」

「ええ、そうです。星蘭、お誕生日おめでとう。これは細やかな私からの贈り物です」


 だから、この物件が店にするにはうってつけの造りをしていたんだ。でも、こんな物を贈れるなんて。燈火さんの力、恐るべし。

 私は胸がいっぱいになって、なぜだか涙が込み上げた。悲しくない。嬉しいのに、涙が止まらない。


「おやおや。今泣いてしまったら、次から持ちませんよ?」


 燈火さんがそう言うと、店のカウンターの奥にある扉から月夜様と水蓮様とリュカ様が出てきた。さっき、二人は王宮にいたはずなのに。


「じゃーん。サプライズだ! お誕生日おめでとう、星蘭。やっと二十歳。酒が飲める歳じゃないか! 良い。酒は美味いぞ」

「月夜、酒を飲んでいたのかい……? ああ、星蘭お誕生日おめでとう。僕は君にもらってばかりだったから、兄様のこの店作りを少しだけだけど手伝ったんだ。ずっと応援してるよ」

「おめでとぉ。はぁ。殺そうと思ってた奴の誕生日祝うなんて。なんか腹立ってきたぁ」


 各々が私に言葉をかけてくれる。

 こんな幸せな誕生日が今まであっただろうか。止まらない涙と笑い。

 騒ぎが気になったのか店に集まる陽咲村の村人たち。

 話を知った村人は店の外で見ず知らずの人間の誕生日会を開いてくれた。月夜様たちが用意したご馳走に加えて村人たちが用意したご馳走。舞を踊ってくれたり、子供が花をくれたり。お祭りみたいだ。


「燈火さん、私きっとこの世界で一番の幸せ者です」

「おや。なら、私だって一番の幸せ者ですよ。星蘭と、巡り会えたことが何より幸せなのに」

「一番が二人にいるって、おかしいですよ」

「別に良いじゃないですか。幸せだと思うことは、どんなことよりも素晴らしいことですから」


 燈火さんは腕を組みながら遠くを見つめる。今はフードを被ってしまっているが、風が吹いた時に不意に見えるその横顔は、とても幸せそうで。私も燈火さんと同じ方向を見る。遠くの方の森で桜がゆったりと風に揺られていた。


 桜の花が空を舞う季節。店は無事にオープンした。初日から繁盛。こちらでも常連客ができ、店は村人たちのちょっとした交流スペースになった。

 不定期ではあるものの色々な商品も追加され、店はとても賑わってきた。


 どこの場所にも私のいる場所がある。家へ帰ったら、あなたがいる。

 私は、この場所で幸せを求めて生きていく。


 かつての孤独な黒い蝶は、色鮮やかな花々と共にその空を舞う。

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ようこそ、蝶の舞う花園へ。 白鷺緋翠 @SIRASAGI__HISUI

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