色彩豊かな少女は、世界を創る。

 これは、遠い昔のお話。


 “何もない世界”で一人の幼い少女が目を覚ました。角度によって色が変わる、不思議な髪と瞳を持つ少女。少女は地面すらない真っ白な世界を

 純白のワンピースと彩り鮮やかな髪が揺れる。何も存在しない世界の、唯一色を持つ少女。

 少女は孤独だった。


 寂しい。


 それは、少女が最初に抱いた感情だった。自分以外、何も無い。それがとても寂しかったのだ。

 少女は何かが欲しかった。地面も空もない世界。せめて変わることのない世界に変化があることを願った。

 少女は祈った。神もいない世界で、祈りを捧げた。


 時間の概念はないのだが、少女が目を覚ましてからかなりの時が流れたある日。

 少女は色を求めた。自分の髪、瞳の色がこの白い世界にもあったらいいのに、と。例えば終わりのない上には青に白を混ぜた色が良く似合う。なぜか、その色がピンときたのだ。

 すると不思議なこともあるもので、髪の空色の部分がたちまち範囲を広げた。少女はそれに驚く。角度によって色が変わった髪は、ほとんどが空色となったのだ。

 少女は不思議に思って上を見上げた。あろうことか、その髪の色と同じ色が遥か上の方をみるみる彩っていたのだ。


 少女は目を見開いて驚いた。でも、それは嬉しい驚きだった。自分の髪が例え空色になろうとも、望んでいたことが叶ったのだから。


 そして、見上げても終わりのない白い世界に“空”が生まれた。


 少女は気づいた。自分が願うと、その部分にその色がつくのだと。

 それから少女はたくさん願った。地面には茶色を。その地面には黄緑色の草を。そして、そして。


 この世界は色鮮やかとなった。少女の髪や瞳の色と同じように。薄い青色の空には白い雲と目も痛むような光を放つ太陽が浮かぶ。地面は茶色でその地面に黄緑色の草が生い茂る。そしてその地面から大きな木がそびえ立っている。灰色の岩や石が形作る、青色の美しい川。その川のせせらぎは、少女の寂しい気持ちを消した。

 少女は、この景色を感じた。その理由は分からないが。


 しかし、そんな色鮮やかな世界を創る代償に美しかった少女の髪と瞳は黒くなってしまった。様々な色が髪で範囲を広げた結果、色と色同士が混ざり合い黒くなったのだ。

 何も無い世界が色を得て、全ての色を持った少女は色を失った。

 だが少女は、それに悲しまなかった。自分の願っていたことがようやく叶ったのだから。


 ある日を境にして、世界は賑やかになった。

 少女の寂しいという、どうしても完全には消えない気持ちを消すために、少女はあることを思いついたのだ。

 それは、話し相手を創るということ。少女はその早く会いたいという気持ちを信じ、数人の人間を創ることに成功したのだ。

 少女よりも歳の若い男女。それぞれが、かつて少女が持っていた色をした髪、瞳を持っていた。橙色の髪を持っていれば、若草色の髪を持っていたり、紅色だったり。世界はより色鮮やかとなったのだ。

 そんな中で少女は唯一の黒い存在だった。世界を鮮やかにすることのない黒色は、この世界では浮いていた。そして子供たちから恨まれた。そんな色はこの世界にいらないと。

 少女は心が痛かった。でも仕方ないと我慢した。子供たちは幼いから、きっと分かってくれる。この世界を創った代償なのだと。

 私は、髪や瞳の色が黒くたって素敵な存在なのだと。


 少女が気づいた頃には、子供たちは大人になっていた。少女は何も変わっていないのに、子供は成長していたのだ。

 男女二人組が共同生活をするようになり、その二人の間に子供ができたことで人口は増えていった。産まれる子供の髪や瞳はもちろん色鮮やかで、この世界をますます彩った。


 子供だった者たちは、少女に特別な力があることを知っていた。そのため、色々な物を生み出させた。あれが欲しい、これが欲しいと欲望を全て少女にぶつけた。

 少女は苦ではなかった。逆に、自分が必要とされていることに関して喜びを感じていた。だからこの者たちの欲望を満たすことができて、幸せだった。


 だが、そんな少女に悲劇が訪れた。かつて子供だった者たちが年老いて亡くなったりし始めた頃。その子供たちの子孫たちが少女を軟禁した。子孫たちは少女が貴重な存在だと気づき、誰の手にも渡すものかとその特別な力を独占した。

 それから数世代に渡って、少女の力は独占された。さらに、その少女を持つ者が権力者として自分以外の人間を支配するようになった。

 もはや少女は、良く言えば権力の象徴。悪く言えば権力を持つための道具だった。


 少女は心を失った。髪や瞳の色が黒くなったとしても、決して心の色を失わなかった少女の心は真っ黒になってしまった。


 こんな世界なんて、嫌だ。


 そう思い出したのはいつ頃からだっただろうか。自分で創り出したはずだ。自分を軟禁した者でさえ、元を辿れば自分が創り出した人間。この世界は全て自分によって創り出されたものなのに。

 それなのにこの世界が嫌になってしまった。消えてしまえば、どれ程良いか。ずっと、そう考えるようになってしまったのだ。


 そうなってしまってから、少女は力を使えなくなってしまった。願えば何でも色鮮やかなものを創り出せたのにもかかわらず、全て黒いものしか創れなくなった。

 その状況に怒ったのは、少女を軟禁していた当時の権力者。少女の力が使い物にならなくなったら権力の象徴としても使えなくなる。支配している人間が反旗を翻すかもしれない。そう、恐れた。

 少女は誰の目にも届かない所で監禁された。あの権力者はそうすることで他の人間に怪しまれないようにしたのだ。


 少女は光の届かない暗く、腐った匂いのする約四畳の部屋に長いこといた。いつまでここにいればいいのだろうか。早くここから出たい。そう願っても一向に日の目を浴びることはできなかった。

 どのくらい時が流れた頃だろうか。少女は諦めた。もう自分をここに閉じ込めたあの権力者は死んでるだろう。その子供、孫でさえ死んでる可能性だってある。


 少女は震えている自分の細く白い手にふぅ、と息を吹きかけた。その息は黒く、まるで意思を持っているかのように少女の周りを漂う。そしてその息はたちまちの形を成した。

 その場から少女は消え、代わりに一頭の美しい漆黒の蝶が暗い部屋を舞い躍るように飛ぶ。


 蝶はわずかな扉の隙間から脱出することに成功した。そして自分が生んだ世界を、壊して壊して。ただひたすらに壊した。


 その様子を見て記録に残すことに成功した者は、ただ一人。その人物は、月から舞い降りた美しい姫だと記されている。が、それが真実なのか定かではない。

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