或る令嬢の生き方─最強チート妹と、貴族の世界で2人。手を繫いで、いつか、本当の姉妹になる─

ワシミミズク

エピソード0 妹の思い出

「化け物」


「来るな」


「気味が悪い」


誰かが言った。それが誰だったかも、私は覚えていない。


(どうして私の体は、人とは違うんだろう)


体の傷はすぐに癒える。けれども心の傷は、いつまで経っても癒えなかった。


「貴女のその力こそ、貴女が貴族の血を引いているという、何よりの証拠なのです」


偉い人の使いだと名乗った男は、そう言って私を引き取った。けれど、変わったのは暮らしぶりだけ。この力を求められて引き取られたはずの私は、しかし変わらず、人とは違うモノとして扱われた。


(結局、おんなじ、なんだ。どこに行っても、何をしても……)


諦めきって、最後の希望まで、手放そうと決めた。その日に、奇跡は起きた。


「あら、ごめんなさいね」


それは、エミリーにとっては、当たり前のこと。失敗したフリをして、熱湯を手にかけられた。そんなこと、今までに何度となく行われてきたことに比べたら、何とも思わない。


(どうせ治るし)


だから微笑むことが出来た。だから落ち着いていた。


「いいえ、大丈夫です、姉さま」


義理の姉は、露骨に嫌そうな顔をして、けれど何も言わない。この人はいつもそうだ。誰もが人とは違うと言って遠ざける私を、真っ直ぐに見てくれる。その美しい瞳が、私はとても好きだった。たとえその瞳の奥にあるのが、私への怒りだけだったとしても。


(でも、きっと明日は、違うよね)


明日になれば傷は治る。明日になればこの人も、エミリーが人の皮を被っただけの化け物だと、気付くはずだ。そう、思った。


(寂しいな……)


期待なんて、無かったと、思う。だけど、次の日の朝に起きてから、すぐにエミリーは姉に会いに行った。あの綺麗な瞳が、最後にどんな感情を抱くのか。それに、興味があったのかもしれない。


「おはようございます、お姉様」


昨日、火傷したはずの手を掲げて。エミリーは、姉に向けて微笑んだ。姉は、一瞬驚いて、けれどそれだけだった。挨拶を返すこともなく、通り過ぎる。けれど、私が着いていくことは拒まない。それどころか、その日も同じように、私の手に熱湯をかけた。目に見える傷をつけるのは、私の異常性を確かめる行為であり、それを行うのは私が化け物であると示すためだ。けれど、姉は一度も、化け物だと声高に叫ぶことはない。それならどうして、傷をつけるのだろう。だってそれに、意味はないのだ。それは、治る傷なのだから。


「あなたが悪いのよ」


いつものように、姉に着いていった先で。姉は震える手で、魔導書を握った。そこから、何かとても良くないものが現れた。私は良い。昔から私は、化け物だった。外見が、中身と同じになるだけ。でも、姉は駄目だ。魔導書から出てきた良くないものが、姉に手を伸ばそうとしたのを見て。私はソレを、握り潰した。姉だけは、傷つけてはいけない。傷ついてはいけない。だって、こんなに美しい人なんだから。


(でも、今度こそ、化け物だって言われるよね)


そう呼ばれても、何もおかしくないはずだ。覚悟していたのに、姉は、何も言わなかった。それどころか、こうなってから優しくなった。理由は知らない。知らなくていい。姉がそれを望むなら、私は一生、この姿でもいいと思った。

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