第29話いざとなったら
工藤がそう言ってから、しばらく教室に静寂が訪れた。
工藤はまだ何か小言の一つでも言ってやろうかと思ったが、西条の急激に生気を失った顔を見て、その気も失せてしまった。
「あ、あのー。西条さーん? 生きてますか~?」
「……」
「お、お~い」
「……」
西条の耳に、工藤の言葉は届いていない。
彼女の頭の中では、今必死に情報整理が行われている。
(……誰かと付き合い始めたって事? ミツキが? 私にべったりのあのミツキが? ……ありえない。私以外の誰かと付き合うなんてそんなのおかしいわ。……それに、ミツキが私に告ってきたのまだ2週間前よ? フラれたからってそんなにすぐ気持ちが切り替わるものなの? でも、あの弁当は……。私が聞いても誤魔化したわよね。それって……いやでも……)
揺れる心。
でも、西条は理解していた。
ミツキが自分に好意を寄せていることを。
そして、今もなお自分の事が好きである事を。
――仮に、万に一つに、工藤や昨日紅葉に言われた通り、ミツキが誰かに好意を寄せられたとして、それを彼が受け入れるはずがない。
(そうよ。ミツキが私以外の誰かと付き合うなんて100%あり得ないわ。ルミも、紅葉ちゃんも大袈裟なのよ。……一回ぐらい私にフラれたぐらいで、ミツキが私を諦める訳ない。それにいざとなったら――)
半ば、自分を納得させるように首を二、三回縦に振り、ギシギシと歯ぎしりする西条。
その光景は、傍で様子を伺っていた工藤からすれば……。
「何してるんだか……」
数多の男子から密かに思いを寄せられ、女子からは羨望の眼差しを向けられ、教師からは優等生のお墨付きをもらっている、まさに完璧の西条からは想像もできない光景。
工藤は思わず、「Oh……」と短く驚いたような声を出した。
しかし、そこで西条の気持ちは固まった。
工藤の肩にポンと手を添えて、落ち着き払った声で、
「——わざわざ心配してくれてありがと。でもルミ。勘違いしているようだから言っておくけど、私別にミツキの事好きでも何でもないから。……誰とでも付き合えるもんなら付き合えばって感じ」
「付き合えるもんなら、ねぇ」
「何よ、その言い方。……文化祭には出る。だから、さっきのアレだけはミツキには見せないで」
「……本当にそれでいいの?」
「いいの。それじゃ、また明日」
「あ、待っ――」
工藤はまだ言いかけていた途中であったが、西条はそれを振り払うように、ドアを勢いよく開けて、逃げるように空き教室を出て行った。
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