第20話私が先輩を好きになった理由⑥(皇視点)


先輩は何も言わずただ黙って待ってくれました。


そして私が落ちつきを取り戻して、泣き止むと、


「これ……飲む?」


「……はい」


こちらを心配そうに(多分私がまた泣き出さないように)、慎重に私に冷えたスポーツドリンクを差し出してくる先輩。


私もその時には、今どういう状況であるかぐらいは理解することが出来て、素直にドリンクを受け取りました。


そして、そのままキャップを回して、ゴクンと一口流し込みました。


甘くて冷たい液体が、疲れ切った体に一気に染みわたり、


「……さっきは、すいません。私、……貴方に……その酷い事を言ってしまいました……。本当にごめんなさい」


私は頭を下げて、真っ先に言わなくちゃならない事を言いました。


すると、先輩は面食らったように


「い、いいって! 謝らなくて。……俺こそごめん。声かけるにしたってタイミング良くなかったよな。……ところで……足は大丈夫?」


慌てて私と同じように頭を下げて、謝り、そしてまだ警戒しているのか、恐る恐るといった感じで、足の状態について聞いてきました。


「あ……今はもう大丈夫です」


「え」


「あ! でも……湿布要らないって言ったんですけど、貰ってもいいですか!?」


「――ッ! いいよ、いいよ! てか、これ西条が君にって俺に渡してくれたものだから、全部貰っといてくれると助かる!」


「あ、ありがとうございます」


湿布はどちらかというと、自分が持ってきていたのをラケットバッグに入れていて、それを使おうって思ってました。


でも、断った瞬間に、先輩がシュンと目に見えて落ち込んだので、慌てて訂正して、ありがたく貰う事にしました。


――そして、先輩は私に湿布を渡すと、ポツッと



「……俺、テニスの事あんまり知らないんだけどさ。今日の試合良かったと思うんだ」


「え?」


いきなり何を言うんだって思いましたよ。


スコア自体も6-0、6-0で、内容も終始圧倒されていて、誰がどう見たって、実力差があったのに。


でも、私はその時の先輩がとても嘘を言っているような顔をしているようには見えなくて。


「いや、だって西条いつもよりイキイキしてたし、楽しそうにプレイしてたからさ。あんな西条、滅多に見れないんだよ。知らないだろ? アイツの試合、全試合見に行ってる俺が言ってるんだから、間違いないよ」


「……それは勘違いだと思いますよ」


「勘違い?」


「はい」


「そうかなぁ……。西条は君の事認めていたから俺にソレを持っていけって頼んだんだと思うよ」


「……」


「それにさ、結構君のテニス、見ていてスカッとした」


「……スカッとする要素ありました?」


いやいやどう考えてもないじゃないですか。


でも、やっぱり先輩は真剣な顔で、


「あったよ、いっぱい。多分俺だけじゃないよ。見ていた皆そう思ってた」


「ーーッ」


胸がジーンとしました。



勘違いなのは分かってます。

でも、それでも良かったんです。

本当にそう思ってくれている人がいるだけで、ほんとに。


……ちょっとだけ報われた気になって、ほんの少しだけ口角があがりました。


先輩もそんな私を見て、もう大丈夫だって思ったんでしょう。


腕時計に目をやって、よっこらせと立ち上がって、


「じゃ、俺行くわ。そろそろ戻らないといけないし」


「え……」


私に別れの言葉を口にしました。


――その瞬間、からでしょうか。


私は何か物足りなさを感じました。


もうちょっとだけ傍にいて欲しい。

もうちょっとだけお話がしたい。


もうちょっとだけ……。



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