第10話授業中に……


結局、西条が俺に話しかけてきたのはソレっきりだった。


先生に遅刻の連絡をして、席を戻ってきたら、またいつものように西条は、参考書を広げてカリカリとペンを走らせていた。


さすが、学業でも入学以来ずっと1番の座を譲らないだけのことはある。


そして、授業が始まれば、これまた背筋をピンと90度に伸ばして、先生の言葉を一言一句聞き逃さないように、耳を傾けて真面目に授業を聞いている。


「ふぁぁぁぁ」


なんて事を思っていたら、大きな欠伸が出た。


すまん、俺は西条とは違って、真面目とは程遠い。


現代文や世界史、英語などの文系科目ならまだ興味があるが、mol、Ω、∫などの、訳も分からない暗号文を黒板に巻き散らかすような、見ているだけで苦痛になる学問に、これっぽちも興味が沸かない。(文系万歳!)


俺に出来るのは、せめてこの拷問のような時間がただ過ぎ去るのを待つのみ。


(あー俺も混ざりてぇ)


こういう時、窓際の席でマジで良かったと思う。


天気のいい日には太陽の光を直に浴びて日向ぼっこが出来るし、今みたいに暇つぶしでグラウンドでランニングしたり、球技をしている他のクラスの授業風景が観戦できるから。


机に肘をついて、ただボォーッと眺めていると、ふと目につく子がいた。


(あぁ、あの子走る気ねぇな。もったいな。俺と変わってくれないかな〜。………ん、あれってもしかして皇か?)


他の生徒がグラウンドをグルグルと、全力で走っている中で、一人だけお散歩するようにテクテクとつまらなさそうに歩いている女子生徒。


最初目にした時は気がつかなかったが、何故か気になってもう一度、今度は注意深くその子の顔を見ると、心底つまらなさそうな顔を浮かべ、不機嫌そうな皇だった。


(……アイツ、体育嫌いなんかな)


じっと皇の授業態度を眺めていると、向こうも俺の視線に気がついたのか、今までずっと顔を下に向けていたのに、徐に顔を上げて、俺と目があった。


(あ)


やべ、と思って反射的に視線を逸らそうとしたが、その前にばっちり目があってしまった。


瞬間、皇は表情をぱぁ、と花を咲かせたように、にこやかに笑って、あろうことかこっちに手を振ってきた。


(バカ! 手、振るなよ!)


伝わるかどうかはさておき、口パクで皇に何とか俺の意図が伝わってくれ、と願う。


だが、俺が反応したことが嬉しかったのか、皇はさっきよりさらに手を振りだし、しまいにはピョンピョンと走り出した。


そのスピードたるや、今までちんたら歩いていた奴とは思えないぐらいで、あっという間に集団でトップスピードになってしまった。


(何だよ、走れるじゃん……)


俺が皇のあまりの代わり様にドン引きしているとーー


「立花ぁ!」


「……は、はい!」


不意打ちで、数学担当の須藤先生が野太い声で黒板に書かれた問題を解くように、当てられた。


(やべ、何の話しているか何も聞いてね。終わったなー。アハハ……)


俺が絶望していると、須藤先生は


「授業中に俺の話を聞かずに、なぁに外ばっか見てんだぁ? 可愛い子でも居たんか? 居たなら先生に後で教えてくれよぉ。もっとも、この問題が解けたならの話だけどなぁ!」


ドっと、クラスが湧いたが、俺の内心は冷汗ダラダラだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る