第9話そっけない彼女


8:42


皇と立ち話をしたせいで、チャイムが鳴り終えるまでに、教室に入ることはできなかった。


(……やべぇな)


高校入学して以来、欠席はおろか、遅刻なんかした事なかったのに。


恐る恐る教室に近づいたが、HR中は静かな教室が、何やら騒がしい。


そして、音を立てずにそっとドアを開けて――


(なるほど……)


教壇の方に目をやったが、担任の三原先生の姿がまだない。


いつもは必ずHRでは10分前には教室に居るのに、珍しい。


おかげで、皆席に座らずに、自由に立ち上がって周りとぺちゃくちゃ話に盛り上がっている。


(ラッキー)


何はともあれ、助かった。


心の中でガッツポーズを決めて、窓際の一番後ろにある俺の席に気配を消して、スッと座った。


誰も俺が今教室に入った事なんか、気にも留めてないだろうし、バレなきゃ問題ねぇ。


勿論、後ろめたい気持ちもあるけど……い、良いだろ! 


別に一回ぐらい嘘ついたって!


――と、必死に俺が自己肯定しているその時だった。


前の席で、誰とも話すことなく、ヘッドホンをして、一人机に向かい、カリカリとペンを走らせ、自習をしていた西条が、パタンと参考書を閉じた。


そして、ヘッドホンを耳から外し、身体ごと俺の方に向き直って、そっけない声で、


「おはよ。ミツキ」


「お、おぅ」


肩先までかかった長くて艶がある黒髪。


目元に泣きぼくろがある、シャープな釣り目。


シュッと鼻筋が通っている彼女は、可愛いという印象を与える皇とは真逆で、まさに「美人」という言葉が誰よりも似合っている。


だが、妙だな……。


彼女にして以来、気まずくなってお互いに声を掛けることはなくなったのに、どういう風の吹き回しだ?


俺が頭の上に?マークを浮かべていると、西城はペン回ししながら、


、したわね、ミツキ? 勿論、後で先生に自主的に報告するわよね?」


「は、はぁ? し、してねぇよ」


慌てて否定したが、西城は呆れた声で、自分の目を指さして、


「嘘。私、見てたわ。チャイムが鳴った後に教室に入ってきたでしょ? 何でそんな下手な嘘つくの?」


「……」


何だよ、勉強してたんじゃないのかよ。


視線を下に逸らして、黙っていると


「ほ、う、こ、く! 分かったわよね? 返事は?」


「……へいへい」 


昔からだが、正義感が強い西条を丸め込むなんて俺には出来やしない。


遅刻した事、素直に報告するか。トホホ…。


丁度、先生も「すまん、すまん」と謝りながら教室に入ってきた。


俺は、遅刻の報告をしに行こうと仕方なく立ち上がり、教壇に向かったが、その背後で、


「せこい事なんかしないでよね? そういうのミツキがするのダサいんだから」


西条がそう溢すのが聞こえた。


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