怠惰に愛を込めて〜問題用務員、副学院長襲撃事件〜
誕生日は退屈だった。
「スカイ様、本日の生誕祭についてですが」
「うるさい」
スカイは従者にピシャリと告げた。
手に握られているレンチやドライバーなどの工具は使い込まれており、周囲には作りかけの作品が散乱している。不格好な踊り子の人形、腕が変な方向に曲がった猫の人形、口から煙を吐いて這いずる犬の人形など不気味な作品の数々が乱雑に転がっている。
大理石の床に
意味のない作品を製作し続けるスカイに、従者は呆れたような声で言う。
「本日は貴方の生誕祭です。行事に顔を出さなければ、魔王としての威厳が保たれません」
「…………」
はあー、とため息を吐いたスカイは目覚まし時計の形を取った何かを放り捨てた。
がしゃんと耳障りな音を立てる。
血のような毒々しい赤い髪を適当に束ね、分厚い前髪を掻き上げる。その下から現れた翡翠色の双眸には、複雑な魔法陣が浮かんでいた。
周囲に視線を巡らせて、部屋の隅に追いやられた上等なマントを羽織る。嫌に重たいマントに顔を
「分かったッスよ」
――エルクラシスの一族は、怠惰の魔王に名を連ねる悪魔の家系だった。
悪魔の種族は7種類あり、スカイは怠惰の悪魔を祖とする一族の長だった。俗に言う魔王である。
早々に隠居した父親から半ば強制的に魔王の座を引き継がされたスカイは、怠惰の悪魔を崇拝して止まない悪魔の連中を束ねることを余儀なくされた。魔王なので王族であり、生まれてからスカイに自由はなかった。
日がな1日、家に拘束される毎日である。適度に公務をこなし、空いた時間で趣味の鉄屑遊びに興じ、こうして行事には顔を出して威厳を保つことがスカイのやるべきことである。
面倒で仕方がなかったが、そうなることを求められるのであればそうなるしかない。所詮、スカイは自由になることなど不可能なのだから。
「魔王陛下のおなーりー」
ずるずると立派なマントを引き摺り、スカイは煌めく玉座に腰掛ける。
今日はスカイの生誕祭だ。
誕生日なんて退屈極まりないので、さっさと行事を済ませて部屋に引っ込みたいところである。作りかけの作品がまだたくさんあるのだ。
「怠惰の魔王、スカイ・エルクラシス陛下。お会いできて光栄です」
玉座の間にて片膝をついていたのは、男女の2人組だった。
男の方は黒髪紫眼。爽やかな印象のある青年である。
この悪魔が住まう世界――魔界に相応しくない様相だ。悪魔族特有のひん曲がった角もなければ、牙もない。スカイの一族も角はないのだが、代わりに三千世界を見渡す魔眼『現在視の魔眼』を持つ悪魔が魔王の玉座に座る決まりとなっているのだ。
片や女の方は銀髪碧眼。目を見張るほどの美しい女だ。
人形のような美貌と白磁の肌、華奢な体躯を包み隠すのは喪服を想起させる黒いドレスだ。頭につけた帽子から垂れ落ちる黒いヴェールが、彼女の綺麗な顔を曖昧にさせる。色鮮やかな青い瞳で見据えられ、スカイの心臓がドキリと高鳴った。
挨拶をしたのは男の方だ。紫色の瞳を緩やかに曲げて、
「初めまして陛下、そしてこんにちは。
「はあ、アンタが」
名前は知っている。
世界を形作った偉大なる魔法使い、
その偉大さを伝える物語は小説や絵本となって世界中に向けて販売されて、当然ながら魔界にもその絵本は存在していた。
何故なら、スカイがその絵本に登場しているのである。第二席【
「わざわざ誕生日を夫婦揃ってお祝いに?」
「夫婦? いやいやまさか」
「じゃあその隣の女は誰ッスか」
「彼女はユフィーリア・エイクトベルという魔女でして、僕の護衛みたいなものです」
「はあ……?」
名前は聞いていないのだが、さも当然と言わんばかりに名、説明された。
魔界に来るものだから護衛をつける理由は分かる。
ただ、女性の護衛は初めてだった。屈強な戦士が護衛を務めるならまだしも、華奢で人形のように美しい彼女が第一席【
肯定も否定も自己紹介すらせず、ただ黙って頭を下げる銀髪碧眼の魔女にスカイは疑問を抱かずにはいられなかった。
「それで、第一席とその護衛がわざわざボクの誕生日を祝いに来たんスか。ご苦労なこった」
「はい。陛下に誕生日祝いもお持ちしました」
「気を使わんでもいいのに」
まあ、どうせ大したものではないだろう。
スカイの1番ほしいものは手に入らない。金銀財宝を積まれたところでスカイの心は揺らがない。
それなのに、だ。
「陛下には『自由』を贈りましょう」
――何故、そんな簡単なことが言えるのだろうか?
「我々人間界――エリシアは魔界と協定を結び、悪魔族や人間を自由に行き来できる制度を作ります。怠惰の魔王、スカイ・エルクラシス陛下。貴殿にはその礎になっていただきたい」
「はあ? 礎ってことは」
「悪い風に言い換えれば人質ですね。陛下には人間界に住んでいただき、悪魔族も人間界に住めることを証明していただきたいのです」
朗らかに微笑んだグローリアは「如何でしょう?」と言ってくる。
日がな1日引きこもり、公務をこなして趣味の機械弄りに没頭する。退屈すぎる毎日を飽きるほど繰り返し、やがて寿命を迎えて死んでいくものばかりと思っていた。
閉鎖的な空間に押し込められ、崇拝対象になるのも飽き飽きだ。それならいっそ、自分の知らない場所に足を踏み出してみるのもいいかもしれない。
魔王としての自分の立ち振る舞いは、魔界に存在する数多くの信奉者たちに届くことだろう。そろそろ悪魔族も、魔界に引きこもってばかりいないで新しい技術や知識を身につける頃合いだ。
「いいッスよ」
「陛下、お待ちください!!」
「うるさいッスよ」
制止を求める従者を睨みつけ、スカイは言う。
「いつまで魔界に引きこもっているつもりッスか。歴史がどうとか、伝統がどうとか、もうそんな化石みたいな考えは改めるッスよ。もう時代は変わった、魔界が作られた時から何年経っていると思ってんスか」
いつまでも魔界に引きこもってばかりでは、悪魔族は変わらぬまま朽ち果てていくだろう。おとぎ話か神話的存在として人間たちに広められていくしかない。
これは革命の時だ。人間だって悪魔の得意とする魔法や文化を知りたいはずだし、悪魔も人間たちが築き上げた技術や知識を得て進化するべきなのだ。現に怠惰の魔王として君臨するスカイは、外界の知識や技術に大変興味がある。
誰かが行って示すのではなく、まずは頂点に立つ存在であるスカイが人間界に行って示すしかないのだ。
「悪魔も、人間も、広い世界を見た方がいいんスよ」
玉座で三千世界を見渡すのにも飽きてきた頃合いだ。ここいらで、ちょっと冒険してみるのも悪くはない。
☆
「…………」
ちょうど中庭で眠りこけていたらしいスカイを見下ろしていたのは、鉄の塊を持った銀髪碧眼の魔女だった。
肩だけが剥き出しとなった特殊な形をした黒装束に身を包み、雪の結晶が刻まれた
ユフィーリア・エイクトベル――ヴァラール魔法学院の用務員であり、学院創設以来から悪名を轟かせる問題児筆頭だ。
「ユフィーリア、その鉄屑の山は何スか」
「誕生日ケーキ」
「はあ?」
飛び起きたスカイは、ユフィーリアが手にした銀色の塊を注視する。
そんな明らかに食べ物じゃない鉄屑の山を皿の上に乗せ、誕生日ケーキと宣う馬鹿野郎は綺麗な笑顔を浮かべた。
「ほい」
「げふぅッ!?」
腹の上に皿ごと落とされる。
内臓が飛び出るかと思った。コイツ本当に殺す気か。
しかも見た目とは違ってなかなか重量があったので、スカイの口から変な声が出てしまった。こんな鉄屑で冥府に送られたら溜まったものではない。
「じゃあ、ちゃんと食えよ」
「食えるかあ!!」
問題児筆頭は「あはははははは」と笑いながら中庭を飛び出していく。
本当に嵐のような魔女である。出会った当初は喋らないでいたが、それは見た目に反して口が悪かったからだ。曲がりなりにも王族であるスカイの前では猫を被っていた、と本人談である。
というか、この鉄屑を食べるとでも思っているのだろうか。そりゃスカイは今でこそ魔法兵器の設計・開発者として名を轟かせているが、主食は普通に鉄屑ではない。勘違いしないでほしい。
とりあえず腹の上に叩きつけられた鉄屑を退かすと、
「あ」
パカ、と。
誕生日ケーキの形をした鉄屑の山が、真ん中から割れる。
どうやら容れ物として扱っていたようで、中から大量のお菓子や小さな人形などが転がり落ちてきた。お菓子はクッキーや飴玉、マシュマロ、変わり種だと金平糖やポップコーンなど統一性がない。
「あ、クッキーは手作りッスか。あーあーあー、何かもう色々と詰め込まれてるし」
包装されたクッキーの袋を拾い上げると、その裏側には小さな紙に文体は違うけれどいくつかのメッセージが書き込まれていた。
誕生日おめでとう。
誕生日おめでとぉ、クッキー自信作だから食べてねぇ。
おめでと!!
副学院長に幸福が訪れますようニ♪
誕生日おめでとうございます。
実に問題児らしい言葉の贈り物に、スカイは思わず笑っていた。
「この世界に来てから、ボクは幸せッスよ」
少なくとも、誰かさんたちのおかげで毎日退屈せずに過ごせているから。
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