ろりしょたっこ☆こんぷれっくす〜問題用務員、強制子供化魔法薬使用事件〜

 強制子供化魔法薬とは、どんな人間でも浴びた瞬間に子供の姿となってしまう高度な技術を必要とする魔法薬だ。

 どれほど魔法薬に対して高い耐性を持っていようと、どれほど長い時を生きているので子供の姿など記憶の彼方に消えている場合でも、浴びた途端に子供の姿に早変わりしてしまう危険な魔法薬である。そんな危険な代物を悪用するのは問題児と呼ばれる用務員ぐらいのものだ。


 そしてここに、その犠牲者が1人。



「…………」



 全身を強制子供化魔法薬で濡らした黒髪紫眼の子供――学院長のグローリア・イーストエンドは、ゆっくりと子供化魔法薬などという馬鹿みたいなものを作った馬鹿野郎を見上げた。


 小さな瓶をひっくり返した状態で固まる銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは「あへッ」と変な声を漏らして笑う。

 彼女が強制子供化魔法薬をグローリアに浴びせた張本人であり、問題児筆頭である。後先のことを考えずに物事を『面白い』か『面白くない』かで判断するヴァラール魔法学院の馬鹿野郎だ。ちなみになまじ魔法の才能がありすぎるので、高度な魔法薬もあっさり実現してしまうのである。



「あーははははははは!! 凄え可愛げのない子供だなァ!!」


「きみってまじょは!!」



 短くなってしまった足をダンダンと踏み鳴らすグローリアは、



「ただじゃおかないんだからね!!」


「へえ、何が『タダじゃおかない』んだ? 具体的に言ってみろよ、その子供の姿で出来ることはあんのか?」



 腹を抱えて笑い転げるユフィーリアにグローリアが提示したのは、緑色の液体が揺れる小瓶である。その緑色の液体に見覚えがあった。



「まさかお前、強制子供化魔法薬!?」


「きみがつくっていることなんておみとおしなのさ!!」



 グローリアは小さな手で小瓶をぶん投げる。


 緑色の液体を散らしながら放物線を描く小瓶。このままの軌道で来れば間違いなくユフィーリアに強制子供化魔法薬がかかってしまう。

 しかしユフィーリアは自他共に認める魔法の大天才だ。この程度の見えやすい挙動で投げられた小瓶に対応できないほど落ちぶれてはいないのである。


 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを一振りして氷の壁を作り出したユフィーリアだが、



「えいっ」


「あ」



 ばしゃ、と。


 足元にグローリアがぶん投げた魔法薬と同じ魔法薬をぶつけてきたのだ。おかげで洋袴の裾が濡れてしまったし、強制子供化魔法薬にも触れてしまった。

 全身にぶっかける必要はなく、ただ薬品が触れれば強制的に子供の姿になってしまう強力な魔法薬だ。しかも元に戻るのはどれほど魔法薬に耐性を持っていても、1日は確実に子供の姿のままでいることが確定されている。


 まあつまり何が言いたいか。

 強制子供化魔法薬のせいで、ユフィーリアも漏れなく子供化である。いやはや残念。



「おまッ、グローリア!?」



 文句を叫ぼうとした瞬間、ぽひんと間抜けな爆発がユフィーリアを包み込んだ。


 白い煙で視界が覆われ、咳き込みながらも何とか脱出。

 しかし目線の高さは明らかに変わり、赤い絨毯が敷かれた学院長室の床が妙に近い。手も足も短くなっているし、ユフィーリア自慢の飛び抜けたプロポーションも寸胴体型に早変わりだ。



「なんてこった、ちくしょう」


「ざまあみろ」


「このやろう、なんであたしまでまきこむんだよー!!」



 ぷげら、と笑うグローリアをぽかぽかと小さな拳で殴るユフィーリアだったが、



「ユフィーリア? 学院長室に行ったきりなかなか帰ってこないから心配だぞ……?」


「はえ」



 唐突に学院長室の扉が開かれる。


 扉の向こうから現れたのは雪の結晶が随所に刺繍された可愛いメイド服に身を包む女装少年――アズマ・ショウである。

 不思議そうな光を宿した赤い瞳が、地べたを這いずる子供化したユフィーリアとグローリアを見つめている。頭頂部に輝くホワイトブリムの他に黒猫の耳がピコピコと揺れており、血反吐を吐きそうなほど可愛い。


 まずい、非常にまずい状況である。

 ショウはユフィーリアにぞっこんラヴなヤンデレ系女装メイド少年なので、この状況は非常にまずい。何をされるか分からない身の危険が迫る。



「わあ」



 案の定と言うべきか、ショウの赤い瞳が輝いた。



「子供のユフィーリアだぁ」


「しょうぼ、ちょ、まっ、わー」



 ショウに抱き上げられ、ユフィーリアは遠慮なしに頬擦りされる。すべすべのお肌が頬に襲撃してくる。



「わあ、ほっぺがすべすべのもちもちだぁ。小さくて柔らかい」


「あうあうあうあう、やめろしょうぼういたいいたい」


「声も高くて可愛い、ふあー」


「だめだかんぜんにこわれてやがる」



 すでに思考回路の螺子ねじが2個か3個ほどぶっ飛んでしまっているショウは、小さく縮んでしまったユフィーリアを抱きかかえると頬擦りしながら学院長室を立ち去ってしまった。もちろんユフィーリアは連行である。


 当然ながらグローリアは完全に置いてけぼりである。

 ユフィーリアが頬擦りされている間、行き場のない手を彷徨わせて助け出そうとしてくれてはいたのだが、女装メイド少年に敵う訳がなかった。下手をすれば丸焦げである。


 ショウに誘拐されるユフィーリアに、グローリアは静かに敬礼しながら見送った。



「ぐっどらっく」


「ばかやろう!!」



 自分のやらかした問題行動を早くも後悔し始めるユフィーリアだった。



 ☆



「ふふー、ふふふー」


「…………」



 用務員室に連れて帰られたユフィーリアは、ショウの膝の上に乗せられてグリグリと頭を撫でられていた。

 まるでぬいぐるみか人形みたいな扱いである。首筋にスンスンと匂いを嗅ぐような仕草もされているので非常にくすぐったい。


 かろいじて握った雪の結晶が刻まれた煙管を振り回すユフィーリアは、



「しょうぼう、いいかげんにはなしてくれ」


「やだ」


「なんでだよ!!」



 ずっと抱っこされた状態だし、ぬいぐるみか人形みたいな扱いは嫌である。どうせなら解放して自由になりたい。

 明日にはおそらく元の姿に戻るだろうし、家事のことに関してはエドワードが無事なので彼に丸投げすれば問題ないだろう。現在の障害となっているのは、ユフィーリアをずっと拘束し続けるショウぐらいのものだ。


 ジタバタとショウの腕の中でもがくユフィーリアは、



「はなせって、はなせ!!」


「やだ」


「あたしはぬいぐるみとかにんぎょうじゃねえぞ、しょうぼう!!」



 強めに抱きしめてくるショウは、



「今のユフィーリアはとても可愛いから誰かに誘拐されたら大変だ。そうなった暁には世界を滅ぼしても物足りない」


「こわいことをいうなよ……」



 世界を滅ぼしても物足りないとは、それってもう怪獣か何かではないのか。彼なら本当にやりかねないので怖いところだ。


 まあ、確かに彼の側にいれば安全と言えば安全である。

 今の姿では碌に魔法を使うことが出来ないので、もしロリコンとかショタコンがユフィーリアを狙ってきたら抵抗が出来ない。殴ったところでそれほど力も出ないので、相手を退けることさえ不可能だ。


 仕方がない、今日はこのままにしておこう。どうせ今日だけの出来事だ。



「はあ、はあ」



 その時、何か知らんがゾッとするような呼吸音が聞こえてきた。


 用務員室の扉がほんの少しだけ開かれ、顔全体が脂ぎった太めの男がこちらを覗き込んでいた。瓶底を想起させる分厚い眼鏡の奥に潜む黒色の瞳は血走り、荒々しい呼吸でショウの膝の上に着席させられたユフィーリアを見つめている。

 その粘つくような視線の、何と恐ろしいことか。ユフィーリアの脳内に様々な憶測が飛び交うが、それより先にショウが動く。



「変態死すべし」



 ウゾゾゾゾゾ、とショウの足元から腕の形をした炎――炎腕エンワンが大量に生えてくる。

 扉をほんの少しだけ開いて用務員室の様子を探る脂ぎった太めの男に炎腕が襲いかかり、扉越しに野太い悲鳴が上がる。1つだけではなく、3つぐらい上がった。扉の向こうにいた変態は1人だけではないのか。


 バタンと勢いよく閉まる扉をよそに、ショウはユフィーリアのナデナデを再開させる。赤い瞳をとろけさせて微笑み、丁寧に丁寧にユフィーリアの綺麗な銀髪をくしけずる。



「ユフィーリア、今日は一緒にお風呂へ入ろうな。その小さな身体だとちゃんと洗えないだろう? 髪も身体の隅々も全部洗ってやろうな」


「しょうぼう、いまようむいんしつのまえにな」


「何のことだ?」



 ショウは朗らかに微笑むと、



「ユフィーリアは何も見ていない、いいな?」


「あ、はい」



 もうこれ以上は何も言えなかった。可愛い新人にして最愛の恋人であるショウが怖くて仕方がない。



「ねえちょっとぉ? 全裸にひん剥かれた変態たちが用務員室の前で五体投地してるんだけどぉ、これってユーリの仕業――じゃないねぇ」


「エドワードさん、お帰りなさい」


「おう、えど。とうとつだけどたすけろ」


「無理だねぇ、ごめんねぇ」



 ちょうど購買部から戻ってきたところらしい強面の巨漢――エドワード・ヴォルスラムが、用務員室の前に広がる惨劇を報告してくる。

 開かれた扉からほんの少しだけ窺えたが、全裸にひん剥かれた変態たちが廊下に寝そべっていた。汚えケツを丸出しの状態で寝転がったその様はもう汚え五体投地としか表現できない。見たくもなかった、そんなの。


 ショウに抱っこされた状態のユフィーリアはエドワードに助けを求めるが、無情にも断られてしまった。酷い。



「どうしちゃったのぉ、ユーリ。その姿はぁ」


「ぐろーりあにきょうせいこどもかまほうやくをしかけたら、ぎゃくしゅうにあった」


「じゃあ学院長も子供の姿になってるのぉ?」


「そうだな」



 ユフィーリアが肯定すると「まずいねぇ」とエドワードが呟く。



「あのねぇ、さっきハルちゃんが学院長室に行ったんだけどぉ」


「あ、もういいわ。いいたいことはりかいした」



 ユフィーリアが死んだ魚のような目でエドワードの言わんとすることを理解すると、用務員室の扉が荒々しく開かれた。


 数え切れないほどの衣嚢ポケットが縫い付けられた黒いつなぎを身につける少年――ハルア・アナスタシスの腕には、魂が半分ほど飛び出たグローリアが抱えられていた。琥珀色の瞳もキラキラと輝いており、興奮状態であるのは明らかだ。

 鼻息荒く瀕死状態のグローリアを抱えるハルアは、



「子供の学院長を拾ったよ!!」


「ハルさん、そのばっちいのは捨ててきてくれ」


「分かった!!」


「ハルちゃん、待ちなさいねぇ。学院長は窓から投げるものじゃないからねぇ」



 用務員室の窓からグローリアを投げ捨てようとするハルアをエドワードが止め、グローリアは命拾いをするのだった。


 ちなみにこのあと、噂を聞きつけたアイゼルネが大量の幼児服をどこからか調達してきてユフィーリアとグローリアは着せ替え人形になるのだった。

 もう絶対に強制子供化魔法薬は使わないと心に決めた瞬間であった。

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