バレンタインのお返しは

大谷

2011年2月14日

 今日は2月14日、バレンタインデーだ。

 バレンタインデーは女の子が好きな男の子にチョコレートを渡す日であることは知っている。だけど、僕ほとんど関係ない。確かにこの間郵便で来た「学習教材使いませんか?」という広告にあったマンガには、バレンタインの朝、学校で女の子が男の子にチョコを渡すシーンがあったけれど、そんなのは空想のお話だとしか思えない。もちろん、僕は貰ったことは一度もない。いや、お母さんから毎年貰ってはいるけれど、それはノーカンにしておこう。

 そもそもうちの小学校は「勉強に関係の無いものの持ち込みは禁止」なので、チョコを持ち込んで誰かに渡すのはダメなのである。去年のバレンタインデーの日に6年生の女子が数名持ち込んでいたのを先生に見つかり、デカい雷を落とされていた。4年生の教室のちょうど真上が6年生の教室なのだが、先生の怒鳴り声が僕らにまではっきり聞こえてくるくらいだった。「お菓子を持ち込んだらこっぴどく怒られる」という話が狭い学校中を駆け回っているので、誰も持ち込む勇気がないのかもしれない。

 ちなみにこの話は校内だけではなく地域じゅうに広がってしまい、「小学校の先生で1人おっかないのがいる」と近所のおばあちゃん達も知っているほどだ。

 僕はクラスで足が速いわけではない、というかむしろ男子の徒競走の遅いほうから数えて6番目だし、身長も平均より小さい。良いところは代わりに勉強ができるくらい。漢字テストは毎回80点を超えているし、この間の算数のテストも計算でうっかりミスをしなければクラスで1番だったのでちょっと悔しかった。そんなんだから、クラスの女の子から人気があるということは全然ありえない。足が速い一部の友達は女の子たちから「かっこいい」とか言われているけれど、もちろん僕は対象外だ。

 学年で2クラス、合わせて40人もいない小さな小学校だから特に恋愛沙汰になったり妬んだり恨みあったりはほどんどない。だって、男女問わずみんな友達なんだもん。もし誰かと誰かが付き合いだしたとしたら、瞬く間にクラス中、いや、学校中に知れ渡ってしまうだろう。


 バレンタインデーという世界では特別な日も、特に何があるわけでもなくいつものように冗談を言って笑い合い、地元の海で獲れた魚を使ったおいしい給食を食べ、昼休みは鬼ごっこをして遊び、授業中に友達の頭がカクカクと前後に揺れているのを先生に見つかってちょっと怒られ、学校の掃除をし、15時半の下校時間を迎えた。

 昨日見たバラエティはあの芸人さんが面白かったとか、今日の授業で読んだ物語が感動したとか、今日はこのテレビが楽しみだとか、いつもくだらない話をしながら、帰る方面が同じ大輔くん、玲菜ちゃん、千尋ちゃんと4人で帰る。

 学校から2つ目交差点で2人とさよならすると、交差点だいたい400mくらい先にある千尋ちゃんの家までは僕と彼女だけになる。2人だけになっても話はつづき、いつもあっという間に時間は過ぎる。


 しかし今日は普段と同じような会話でも、少しだけ雰囲気が違う気がする。毎日一緒に帰る仲だから、それくらいなんとなくわかる。でもその理由が全く分からなかったから、何も言い出せなかった。

 千尋ちゃんの家につくと、千尋ちゃんがわざとらしく声を上げた。

「あっ、遥人くん、ちょっとここで待ってて!」

 そう言い残すとゆっさゆっさとランドセルを揺らしながら、走って家に入っていった。僕は言われるがまま、家の前で立って待つ。

 数分後、彼女が家から出てきた。

「はい、これ!ハッピーバレンタイン!」

 そう言ってリボンのついた小さな袋を差し出した。彼女の顔はいつもよりほんの少しだけ赤い気がする。

「途中で開けて食べちゃダメだよ!ちゃんと家に帰ってから食べてね。」

 釘を刺された。ときどきお姉ちゃん気質が出るのはいつもと変わらない。

「あっ、そうだ!ランドセルに入れれば良いのよ!」

「別に良いよ…家もすぐそこなんだし」

 思い付きのような指示を断ろうとした。なにせ、わざわざ入れるのがめんどくさい。でもさすがにそれは言えなかった。

「だーめ。」

 頬を膨らませて否定された。プンプンと怒る姿が幼馴染ながらちょっと可愛いなと思ってしまうが、自分よりも少し身長が高いからって上から目線で言われるのはなんだか悔しい。

「わかったよ…ちゃんと入れるよ」

 ランドセルをお腹のほうへ回し、開けてチョコレートと入れようとする。

「それに…持って歩かれるとちょっと恥ずかしいし…」

「ん?なんだって?」

 なんて言ったのか聞き取れなかったので、一瞬手を止めて振り返って聞き返したが

「いいや!なんでもないよ!」

 とごまかされた。やっぱり何かいつもと雰囲気が違う。もっと追求しても言ってくれないだろうと思い、これ以上は何も言わなかった。

 千尋ちゃんは僕がランドセルにしまうまで、そこで待っていてくれた。

「美味しく食べてくれたら嬉しいな……。じゃあね~また明日!」

「うん、また明日!ばいばーい」

 僕は初めて受け取ったバレンタインチョコに心を躍らせながら、潮の香りがほのかにする海のほうへと歩みを進めた。

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