第5話

「なんで、分かるんすか」

少女ことフレイは、八つ当たりでロプトが座っている樽を蹴飛ばすが、ビクともしない。

蹴った反動でフレイの足が風船の如く赤く腫れ、「いってえ」と泣き叫ぶ。

ロプトはフレイの幼稚な行動を見て、やれやれ、というふうに力なく笑う。

「声で丸わかりなんだよ。お前の声は女子供とは程遠い、百年以上生きた爺さんみたいに低くてハスキーなんだよ」

フレイは足の痛みが収まったのか、意識が再度ロプトに移り変わった。

「まぁ、なんすか、このマーメイドのように美しい声のわっちに対して」

「そうか、魔女に声を取られて、無理に声を出していたんか、すまんな」

「なんでそうなるんすか、わっち、そんな取引してないすよ」

「あー、あのお邪魔虫、どうしたろかな」

ロプトはドームガラスの向こうで国を旋回するように泳ぐ白いクジラに目を戻す。

「急に興味なくさないでよ」

フレイは頬を膨らまし、フレイを威嚇する。

クジラから目を離さず、ロプトはフレイの頭を手でポンポンと叩く。

「これで機嫌直せ」

フレイはロプトの手を払いのける。

「いつまでも子供扱いするなすよ」

「いつまでも子供みたいなのやつに言われてもさ」

「もぉ~」

フレイはふたたび頬を膨らませ、威嚇する

「あいつさ、ぶった切ってもいいかな」

フレイはロプトの言葉に驚愕する。

「だめだめだめだ~め、エグレゴアは守り神すよ、何言ってんすか?!」

「どのへんが守り神?邪魔しかしてこないぞ」

「何って、太古の昔、地上が滅亡の危機になって、当時住んでいた人達は海底に逃げ込むときに、エグレゴアが海底まで連れてきてくれたんすよ。それからずっと、ずっと、この国を平和であるように厄災とかから守ってくれているんだよ」

「そんなこと、父から子供の時から口酸っぱく聞かされているから、知っているわ」

「まぁ、そうすね。ねぇ、アニキは何で地上に行きたいんすか?」

「二つある。一つ目、狭いこの国を出て、地上に行きたい。二つ目、地上にあると言われている神が作ったいう"聖杯"を探しに行きたい」

ロプトは指を二本だけ立て、フレイの前に掲げる。

「セイハイ…?」

フレイは聞き慣れない言葉だったのか、考え込む。

「そんなものも知らんのか。まぁ簡単に言うと、綺麗に装飾されたコップみたいなもんだ」

「はて…、コップ…?そんなものが地上に?滅亡しているのに?」

フレイは頭から蒸気が出ている。

「地上は滅亡していると聞かされ、将又地上のどこかに神が住んでいたり、聖杯があったりと本に書かれている。どちらが本当なのか」

「たかが本に書かれたことすよね、地上は焼け野原のはずだよ」

「見ないこともないのに、そう言い切れるか?おれはできない、だから地上へ行きたいんだ。そして、聖杯を見つける」

「そのセイハイ?ってコップみたいなものなんすよね、そんなの見つけて何するんすか?」

相変わらず、フレイの頭から蒸気が出ている。

すました顔でロプトは話を続ける。

「聖杯にある願いを叶えてもらいたくてな…」

蒸気が消え、ロプトの言葉に興味を膨らむフレイ。

犬のように尻尾を振りながら。

「え?セイハイ?って願いを叶えてくれるんすか?いいすな、わっちも願い事を…」

「願い事は一個までだ、やらん」

ロプトはフレイの額をデコピンで小突く。

小突かれた瞬間、「痛っ」と声を漏らすフレイ。

「独り占めだめすよ…」

フレイは少し涙目で赤くなっている額を手で抑える。

「なら、俺を倒して奪ってみろ」

「無理」

「即答かよ」

ロプト、笑いながら突っ込む。

笑い終わると、上を見上げ、旋回しているエグレゴアを睨みつける。

「アニキ?」

フレイがロプトの顔を覗き込もうとすると、

「まぁいい、また地上に行く方法を考えなくちゃな」

ロプトは樽から気だるそうに立ち上がり、薄暗い路地へ歩き出す。

フレイはロプトが突然歩き出しきょとんとする。

「どこへ行くんすか?」

ロプトは振り向き、気だるい顔で頭をかき、まぶたが重くなって虚ろである。

「城に帰ると、色々煩いから、お前の家で寝る」

そう言うと、フレイを置いて、止めていた足をふたたび運び出す。

「えー、待ってす。突然レディの家に行かないで」

フレイはロプトを慌てて追いかける。


<続く>

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