6 自分たちの国の統治

 軍は、集めた少年たちと養子縁組を結んだ。これで俺達は、ドゼの軍の、本当の家族になった。


 新米の兵士達にあてがう為に大量のラクダが必要になった。

 それらは、一瞬で集まった。

 ドゼがラクダを必要としているという噂が、砂漠の村々に伝わるが早いか、あちこちの村から献呈されたのだ。



 教練場へ副官のサヴァリが駆け込んできた。

「ムラド・ベイが現れました!」


 ムラドというのは、有力なマムルークのベイだ。そもそもドゼがボナパルトから与えられた使命は、ムラド・ベイ討伐だった。

 ボナパルトのシリア遠征に合わせ、ムラドもシリア方面へ渡っていた。それが一段落ついて、再び紅海を渡って戻ってきたようだ。


 「懲りないなあ、あの『愚か者』も」

ドゼが苦笑いのようなものを浮かべた。「愚か者」という言葉に、僅かな親愛の情を感じたのは気のせいか。

「あいつ、モランの旅団と戦って、兜からスリッパに至るまで奪われたばかりじゃないか」


「砂漠の村々を回って、武器や必要物資を集めてきたようですよ」

 鹿爪らしい顔でサヴァリが言う。ドゼはため息を吐いた。

「まるでヒドラだな。何度切り落としても生えてくる。きりがない」

 三日月形に湾曲した刀を手にして、彼は立ち上がった。

「だがまあ、ラクダ部隊にはいい教材だ。いくぞ」


 それは、俺にとって初めての実戦だった。フェリポーではなく、バキルにとっての。






 方陣を組むのは、砂漠での戦いの常套手段だという。

 歩兵たちが四角形の陣を組む。前の戦友の肩に、後ろの兵士が銃口を乗せる。


 敵は、小高い丘の上にいた。アッラーの名を叫び、馬で走り下りてくる。


 方陣を組んだフランスの兵士達は勇敢だった。敵がぎりぎりの距離にくるまで発砲しない。弾丸の節約の為だ。

 前列の兵士の中には、敵に切りつけられる者もいた。傷ついた兵士はすぐさま陣の内側に引っ張り込まれ、後ろにいた兵士が前に出る。

 方陣は、マムルークの3回の連続攻撃にも崩れず見事に耐えた。


 方陣に近寄っては撃たれを繰り返し、マムルーク兵の数は減っていた。彼らは、もと来た丘へと向かって逃げ始めた。


 「ラクダ部隊! 追撃!」

ドゼ将軍の指令が飛ぶ。


 初陣だ。

 ヒトコブラクダに乗った俺達は、砂漠に埃を舞い上げ、一斉に飛び出した。






 シウト(上エジプトのオアシスの一つ)の駐屯地に、砂漠のシェリフたちが続々と集まってくる。


 シェリフとは、家長や族長で、年齢に関係なく高い宗教的教養を持ち、長老としての意味を持っている指導者たちだ。オスマン軍の将校や地方長官を表すパシャや、支配者を表すベイと違って、人々から尊敬されている。


 はるばるやってきたシェリフたちは、ドゼのテントへ入っていく。長椅子に座り、水煙草を楽しむ。


 彼らは、国と自分たちの自治に有用な対策を考える為に、ここへ来た。

 強制されるのではない。自分たちで考え、行動する為に。

 エジプトの歴史始まって以来のことだった。




 俺はテントの前に見張りに立っていた。

 長老たちに後れて、一人の男がやってきた。無言で進み、テントの中に入ろうとする。


「待て」

すかさず俺は引き留めた。顎髭の長いこの顔、見覚えが……。

「お前、ムラド・ベイじゃないか」


 なんと、ドゼの宿敵、マムルークの首領だった。なにをのこのこ、こんなところに来たんだ? つい先日、砂漠の彼方に追いやったばかりなのに。


「ラクダ部隊の先頭にいたやつだな」

ムラドも俺を覚えていたようだった。

「全くしつこい追撃だった。褒めてやるぞ。お前はドゼにそっくりだ」


 余り名誉ではない気がした。あんな貧相な男に似ていると言われても嬉しくはない。第一あいつは、革命軍の将軍だ。貴族のくせに、王を裏切り革命軍に寝返った卑怯者だ。


 ……ん? ムラドがドゼを褒めた? 宿敵のドゼを?

 いったいこの二人の関係はどうなっているのだ?


「ドゼは中だな」

俺の横をすり抜け、ムラドはテントに入ろうとする。

「ダメだ」

「どけ。ドゼに用がある」

「お前を中には入れられない」


 俺は立ち塞がった。ドゼはさておき、エジプトのシェリフたちは守らなければならない。


 「なんだなんだ。騒がしいぞ」

 テントの布を押し上げ、ドゼが出てきた。珍客を認め、さすがに驚いたようだ。


 ムラドは渋い顔になった。

「今日は苦情を言いに来た」

「苦情? 俺達が何か、迷惑でも?」

 正義のスルタンの名を奉られた男は、平然と受け流す。


「迷惑に決まってる」

ムラドは言い返したが、力がなかった。

「お前らに財産を奪われ、馬じゃなくてラクダで追われ……俺の威信はがた落ちだ」


「またどこかの村を襲って、軍を建て直せばいいじゃないか」


「ふん」

ムラドは肩を聳やかした。

「どこに行ってもあんたの手下がいる。砂漠に入っても分遣隊が執念深く追いかけてくる。俺はもう、何処へ逃げたらいいか、わからなくなったよ」


「ムラド」

ドゼの声が改まった。

「お前は、トルコ人が自分を守ってくれると信じているようだが、それは違うぞ。彼らは、お前の死を宣誓した」


「なんだと?」

「お前がシリアから連れてきたメカン(イスラム信者)らは気性が荒い。負け続けで、その上、トルコへ帰る金もなく、苛立っている」

「……」


 ムラドにもわかっていたようだ。反論する気配もない。


「お前は、自分がどうあるべきか、わかっていないんだ」

「俺にどうあれと?」


「さあ、そこだ」

ドゼはにっこり笑った。

「テントへ入れ。イスラムの叡智、シェリフたちと話し合うんだ」


「何を話し合えというんだ?」

「君たち自身の国の統治についてだよ」








 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

※ドゼとムラド・ベイは、直接には会っていないと思われます。ここに書いたムラドへのドセの言葉は、幾つかは彼自身のものですが、手紙や他の人の手記から採られています。私は評伝に抜粋、引用されているのを読みました。






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