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 一報が入ったのは、その日の夕刻だった。

 自室に帰ったところで携帯電話が鳴った。着信表示は萩原睦月だ。

「睦月?」

 何かあったのかもしれないと、友香は慌てて電話を取り上げた。睦月の身に何か起きた時には、ボタンひとつで友香や司令部につながるようになっている。

「どうしたの?」

 電話を繋ぎながら、今帰ったばかりの部屋を飛び出す。向こう側から睦月の声が聞こえてくることに安堵しつつ、話を聞きながら廊下を小走りに進んで司令部へと向かう。

「うん、分かった。すぐ行く」

 話を聞き終わるのと、司令部のドアを開けるのがほぼ同時。そのまま室内に滑り込むと、友香は電話を切った。

「どうした?」

「睦月が変なのに絡まれたみたい」

 そう告げるのとほぼ同時に、奥の部屋――人界につながる「ゲート」が設置されている――で人が動く気配がして、扉が開く。

「睦月」

「ごめん、失敗したっぽい」

 室内に現れた睦月は疲れた様子でふらふらとソファまでやって来ると、ぽすんと腰を下ろした。少し息が荒いのは、走って逃げたせいか。

「大丈夫?」

 友香の言葉に睦月は頷く。

「うん、怪我とかはないんだけどさ。ちょっと焦った」

「何があった?」

 アレクも席を立ってやって来る。正面に腰を下ろしたアレクに、睦月は溜息を吐いて事情を説明しはじめた。

「大学の帰りに友達とご飯食べに行ったんだけどさ――」

 友人たちと別れて帰路に就いたところで睦月は「闇の者」の襲撃を受けたのだという。それ自体はもはや良くある事――残念なことに――だったが、その後が問題だった。応戦する内、相手はどうにも分が悪いと判断したらしい。もごもごと何らかの呪を唱え始めたなと思ったところで、睦月は周囲を取り囲まれていることに気づいたのだという。

「多分、たまたま近くを通ってた人たちなんだろうと思うけど」

 睦月を囲んでいるのは明らかに普通の人々だった。サラリーマン風のスーツの男もいれば、塾帰りらしい女子中学生も、睦月と同年配のギターを背負った青年もいた。だが彼らの誰一人として、目の焦点が合っている者はいなかった。

 おそらく先程の術で操られているのだろうと咄嗟に判断はしたものの、一般人をバルドの力で攻撃するわけにもいかない。まごついている内に、囲みはどんどん狭まってくる。咄嗟に隙間を縫って人通りのある方へと逃げ出したものの、むしろ後ろから追ってくる人数は次第に増えていく始末。

「どうしたら良いか分からなくて、とりあえず隠れてからこっちに飛んで来ちゃったんだけど」

「それで正解だ」

 アレクが頷いた。いくら訓練を積んでいるとはいえ、睦月は本来ただの大学生だ。公安部員のような戦い方はできないし、させるわけにもいかない。まして今回は一般人が操られていたというのだから、下手に手出しをするわけにはいかなかった。

「場所は分かるか?」

 頷いて、「闇の者」と接触した公園の位置を説明する。事前に睦月の行動範囲を思い描いていたのだろう。話を聞くや、友香が素早く立ち上がる。

「OK、行ってきます」

 彼女が動いた瞬間、ふわりと仄かに花の香りが漂った。香水でも付けているのだろうか、珍しいと、場違いな感想が睦月の脳裏を過る。

「……気をつけろよ」

 一瞬、眉根を軽く動かしたアレクも、同じ疑問を抱いたらしい。そんな彼らの反応に気づかず、友香は軽やかな足取りで奥の部屋の扉を開く。

「はぁい」

 ひらりと手を振ってゲートの方へと友香が姿を消す。室内にはまだ、うっすらとした甘い香りが漂っている――気がした。

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