季節もの
St. Valentine's Day 2022
地下道から地上に出た途端、吐く息が白くなった。
今年の冬はなんだか、例年よりも寒さが厳しいような気がする。そんなことをぼんやりと考えながら、雑踏を進む睦月の耳に、聞き慣れた声が届いた。
「むーつき」
同時に肩をぽんと叩かれて、睦月は足を止めて振り返る。
「あれ、友香さん」
こんなところでばったりと会うとは珍しいこともあるものだ。
「偶然だね。学校?」
「ううん、友達と遊びに行った帰り。友香さんは仕事――じゃなさそうだね」
友香の手元には、いくつもの紙袋が提げられている。
「買い物?」
「うん、明日はバレンタインでしょ? ちょうど非番だったから買いに来たの」
手にした紙袋を示して、友香が小首を傾げる。
「バレンタイン?」
そういえば、街中がいつもよりほんの少し浮かれているような気がしていたが、そのせいか。納得すると同時に、疑問も湧き上がる。
「精界にもバレンタインってあるの?」
記憶は定かではないが、確か、キリスト教と関係がある行事ではなかっただろうか。
「『
「そういえばクリスマスもやってたね」
食べ物に関しても同じようなことを言っていたなと睦月は思い返す。基本的には人界の文化が不用意に精界に流出しないよう制限されているようだが、「ランブル」に滞在している限り、食べ物の違いで困ったことはない。行事も同じなのだろう。
「みんなお祭り好きだからね。あちこちの風習が入り交じりすぎて、原形を留めてないときもあるけど」
そう言って、友香は笑う。その手元で、紙袋がカサカサと音を立てた。
「それにしても――ずいぶん買ったね」
「渡す相手が多いからね。司令部のみんなでしょ、友達と、後は部下。あ、睦月のもあるよ」
「僕も?」
「うん、もし明日来るんだったら明日渡すけど。今の方がいい?」
「んー、じゃあ今から行くよ」
どうせ大学は春休み中で、特に用事もない。このまま精界に一泊して、ついでに訓練でも付けてもらおう。
「そう? じゃあ、一緒に戻る?」
そう言うと、2人は肩を並べて歩き出す。
「そういえば、睦月は大学とかでもらったりしないの?」
「僕? うーん、ないんじゃないかな」
目下のところ、彼女もいなければ、好きな相手もいない。大学の友人も同性の方が多いから、色っぽい話とは無縁だ。
「友香さんこそ、本命とかないの?」
先ほどの発言からすると、どちらかと言えば義理チョコというか、いわゆる友チョコが多いようではあるが。
「え? 本命って……えええ?」
水を向けた途端、なぜだか頓狂な声を上げて友香はぶんぶんと首を横に振った。
「な、ないない! ないってそんなの!」
一瞬で顔を真っ赤に染めて、友香は大仰に否定する。
「いやむしろそれ肯定してるよね」
意外な反応に、悪戯心を刺激されて睦月はにやりと笑う。
「してません!」
「で、誰?」
「いないってば!」
ムキになって否定する様子は、普段の彼女とは少し違っていて揶揄いがいがある――が、この辺りが潮時だろうと、睦月は両手を挙げた。
「わかったよ、ごめん」
彼女の本命が誰なのか、心当たりがない事もない。だが、こういうことは他人が下手に首を突っ込まない方がいい。
「……まったくもう」
ぷくりと唇を尖らせて、友香は真っ赤に染まった頬を手で押さえると、睦月を軽く睨む。
「揶揄ってくれた分、ホワイトデーは上乗せして返してもらうからね」
「うわあ、やぶ蛇」
「そうと決まったら、睦月の分はもっと高いのに変えようかなー」
「やめてそれ。ほんとごめん、謝るからそれは勘弁して」
くすくすと笑いながら値をつり上げようとする友香に、睦月も半分笑いながらそう返した。
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