スカーレット・スレッド
R^2t(アールツト)
第一幕 白衣の探偵
ロンドンで割のいい仕事を探していたとき、俺は彼女と出会った。ベイカー街の一角に住んでいた。
「女だとは思わなかった」
真昼間だというのにカーテンを閉め切った部屋で、彼女は書類に埋もれていた。
「いきなり失礼なことを言うんだね」
「“フィリップ”なんて名前で求人広告出すからだろ」
「僕が女でも偽名くらいは自由にさせてほしいな」
彼女は書類の影から顔を覗かせるなり、俺を見て言った。
「元軍人かな」
「......なぜ分かった」
「僕はこの都市イチの名探偵だから」
「とぼけるな。この世にモリアーティはいてもホームズはいない......俺はストラング。仕事を探しに来た」
「ようこそストラング君。私はネル。ネル・フィリップ・ニールセンだ。早速質問だが、君はこれについてどう思う?」
ネルはデスクにうず高く積まれた書類から、数枚の新聞記事を取り出した。どれも殺人事件の記事で、チョコレートを用いた毒殺の話題が載っていた。
「三ヶ月間で四人が同じ手口で殺されている。君も知っているだろう?」
「一応はな。ただ、死因が同じというだけで被害者には関連性がないはずだ」
「少なくともネットニュースはそう伝えているね。あの偏向報道しかできない馬鹿げたメディアは」
嫌味たっぷりに言い放ったネルは、新聞紙をしまうと今度は写真のコピーを取り出した。どれも被害者を映した写真で、胸元にトランプの絵札が乗っている。
「一度目の殺人ではスペードのジャックが。二度目はダイヤのジャック。三度目はクラブのクイーン」
「四度目はクラブのキング......絵札だけなんだな」
「この写真から感じられるものは?」
「さぁ......ゲーム性とかかな」
「その通り。犯人はゲームを展開している。道具は毒入りチョコレートとトランプだ。血を見るのが嫌いなタイプの〈ソシオパス〉だな」
「なに?」
知らないのか?とでも言いたげな目を向けてくる。ため息混じりに返答された。
「〈ソシオパス〉は、〈後天的社会不適合者〉。虐待なり、日常が原因でおかしくなってしまった者のことさ。僕と違ってね」
「なら君は〈
「そう。僕のこの性格は生まれつきだよ、ストラング......いや、ワトソン君」
「それで、この連続殺人にホームズよろしく首突っ込む気か」
「もちろん。ワクワクするよねぇ」
「しない」
殺人に対してワクワクなんてするか。そう思いつつ、彼女の意見を一蹴する。
「嘘だ。するよ」
「しない。元軍人に言うか、それ」
「ワクワクするよ。絶対する。ねぇアンジュ」
〈意見の押し付けは止められたほうがよろしいかと〉
部屋に電子的な女の声が響く。思わず見回すと、オークの棚の上にAIスピーカーが乗っている。声はそこから発せられたようだ。
「紹介するよ。僕の助手のアンジュだ」
〈はじめまして。ストラングさん〉
「助手......」
助手は既にいたのかよ。そんな気持ちで頭がいっぱいになる。駅前の広告には、確かに〈探偵助手募集〉と書いてあった。それを見たからここまで来たのに......
「俺は必要だったのか」
「ジェラシー?AI相手に?」
「ち、違う!助手がいるなら追い返せば良かっただろう」
「いいや、機械相手と人間相手は全然違う。根幹部分からして、ね」
「......」
「それはそうと、今すぐ支度したまえ」
「どこに行くんだ」
「ロンドンのあらゆる犯罪記録が床につく場所、
頭に血が昇る思いだった。こんな自称探偵がヤードに?冗談じゃない。シャーロック狂信も大概にしてもらいたいものだ。
「おや、不満そうだね」
見透かすような口調で聞いてくる。丸眼鏡をはずした彼女は、デスク横のポールに掛けてあった白衣を着る。
「そりゃ不満にもなる!ヤードに行ったところで追い返されて終わりだろうが!」
「分からないものだねぇ......」
黒い丸眼鏡の向こうに覗く瞳が、俺を睨め付ける。
「まぁ、来てくれれば給料弾むよ」
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