第12話 ヴィクターの感想

「一騎討ちでも負けるとかさ、もう呪われてるんじゃないかと思ったよ、俺は」

「次やったら勝ちますから、絶対!」


 魔剣ネンニウスが盾に刺さって抜けなくなった手応えを思い出しながら、ヴィクターは苦々しげに言い放った。あんな訳のわからない負け方、二度も三度もあってはたまらない。


「それにあの剣、ああいう使い方をするものじゃなかったみたいですよ?」

「そうなの?」

「呪われてるんじゃないかって思って鑑定して貰ったらわかったんです。流し込んだ魔力を増幅して発射する、魔道具マジックアイテムの一種だそうです」

「そっかあ……父上には『何でも貫く魔剣』としか聞いてなかったけど、そういう使い方があったのか……」


 あの後、ネンニウスはエルフリードを説得した功績としてヴィクターに下賜された。今ではヴィクターの頼れる切り札である。


「じゃがまあ、お主が捕虜になったお陰でエルフリードが降伏したのだから、良かったではないか。ゼクセン王国と決着をつけられたのも、あの男の働きがあってこそじゃ」


 ヘレナの言う通り、エルフリード伯爵が降伏したことは、その後のクレヌール王国にとって大きなプラスになった。 『緑の巨人』という強力な軍勢を手に入れただけでなく、彼を相手にすることになったゼクセン王国が動揺した。

 もっとも、国王に対して反乱を起こしたエルフリードが何の咎めもなく許されるはずがない。降伏にあたり爵位は剥奪、領地も没収された上で、一騎士としてヴァンス将軍の部下として働くことになった。

 幸いエルフリードは文句を言わず、ヴァンス将軍も彼を尊重して重用したので、トラブルにはならなかった。ゼクセン王国との戦いにおいてエルフリードは大いに活躍し、その褒美として旧領の一部を回復している。


「ところであのグリムハルトという騎士は何者だったんですか? あれっきり会っていないんですけど」


 ヴィクターが聞くと、何故かハロルドとヘレナは目を逸らした。


「あれは……」

「わからぬ……」

「ええ……」


 王宮の力を持ってしても正体不明らしい。

 ひょっとしたら戦場に紛れ込んだ亡霊ではないか、などとヴィクターは考える。だとしたら、あんな不運な負け方をしたのも納得がいった。いや、やはり納得できない。亡霊ならもっとこう、小細工無しでかっこよく倒してほしかった。


「まあ、おらぬ騎士を気にしてもしょうがないじゃろ。あやつ抜きでもゼクセンに引導を渡せたのじゃからな」


 エルフリードの降伏後、残る敵はゼクセン王国とそこへ逃げ込んだスカンプだけになった。決戦を見据えて、ハロルドは1年じっくり国を休ませた。

 焦るゼクセンは何度か侵攻してきたが、ハロルドは追い払うに留めた。エルフリードが追撃しすぎて国境を超えたり、ヴィクターが負けて国境付近の畑が荒らされるなどのトラブルはあったが、大きくは動かなかった。


 そして一年後。麦の収穫を終えたクレヌール王国は、満を持してゼクセン王国に使者を送った。要求は3つ。


 一つ、亡命したスカンプ公、ならびに元クレヌール王国の貴族6名を引き渡すこと。

 一つ、国境付近の畑を荒らした賠償金を支払うこと。

 一つ、先祖伝来の地であり、10年前から不当に占拠しているバイショール地方を返還すること。


 ゼクセン王国は当然これを拒否。開戦となった。

 反乱貴族の討伐を終えてから一年休憩したクレヌール王国は連戦連勝。各地の城や都市を次々と占領した。一方、戦争続きゼクセン王国は息切れしており、脱走兵が相次ぐ有様だった。

 何しろヴィクターが一度も負けなかったくらいである。ただし、勝ってもいない。行く先々で砦や城が降伏するので戦いが起こらなかっただけだ。お陰で剣よりもペンを握る回数の方が多かった。


「そういえば」


 ゼクセン王国との戦いの中で、ひとつ奇妙な事があったのを、ヴィクターは思い出す。


「メルガイア帝国がゼクセンの国境近くまで来て、何もしないで帰っていきましたけど、あれは何だったんですか?」


 メルガイア帝国。クレヌール王国から4,5国ほど挟んで東に位置する巨大軍事国家である。大陸北東部の大部分を支配しており、その軍事力は10万を超える。クレヌール王国など、いや、クレヌール王国とゼクセン王国を合わせても比べ物にならない程の超大国だ。

 その軍勢が国境近くまで来た時、ヴィクターは戦慄した。ゼクセン王国はメルガイア帝国と友好関係にある。もしもメルガイア帝国が参戦してきたらひとたまりもない。

 だが、軍勢は国境を越えず、ゼクセン王国首都が陥落する少し前に帰っていった。


「警告じゃよ。ゼクセン王国より先に進めば、お主らの命はないという、な」


 答えたのはヘレナだった。ハロルドたちが遠征している間、外交や内政を一手に受け持っていた彼女は、メルガイア帝国の意図も汲んでいた。

 それ以外に大きな事件はなく、クレヌール王国は2ヶ月でゼクセン王国首都を陥落させた。更にノト村に隠れていた国王ウィリアムもヴィクターが偶然捕らえたため、ゼクセン王国はクレヌール王国に完全降伏することになった。


「……まあ、ともかくあれよ。反乱を収めて、憎きゼクセンも倒したのじゃ。ようやくわらわも肩の荷が下りたわ」


 ヘレナが深々と息を吐いた。その顔には少し陰りが見えた。

 夫亡き後、国を守るためハロルドの後見となって戦い続けた大后。二人の息子を戦場に送り出し、近隣各国との折衝をこなし、貴族たちとの暗闘を制した彼女の心労は、想像もできない。


「お主らもこの戦を経て、世の何たるかがわかってきた頃じゃろ。

 ヴァンス将軍やザイテール公、エルフリード卿といった先達がおるし、ヌメア卿やビスマス子爵といった若者も頭角を現しておる。

 ……わらわがしゃしゃり出るのはそろそろ終わりにしたいのじゃが、どうかの?」


 ヴィクターとハロルドは顔を見合わせ、それからヘレナに向かって頭を下げた。


「母上、今までどうも、ありがとうございました」

「後は我々にお任せください。この国と陛下を守り抜いてみせます」

「……うむ。すまぬな。妾が力不足であった故に、お主らに苦労をかけて」


 大后の引退。潮時であった。彼女が口にしたように、宿敵を倒し、人材が揃ってきたということもある。それに加えて、ヘレナが後見人という事に反発している貴族を抑えるためでもあった。

 今回の戦争も、そもそも後見人になれなかったスカンプ公爵が起こした反乱なのだ。反乱は鎮圧したものの、未だに不満は燻っている。国王であるハロルドが自らの責任で政務を執ることでしか、その不満は解消されない。


「じゃがゼクセンを倒し、息子たちが立派に育ったのじゃ。心残りは……」


 言いかけたヘレナの口が止まる。


「あるな」

「あるのですか」

「いやほら、スカンプ」

「あー」

「見つかりませんね」


 ゼクセン王国に逃げ込んだはずのスカンプは、未だに見つかっていない。国が降伏した以上、どこに隠れていても見つかるのは時間の問題なのだが。あるいは国外に脱出したのだろうか。


「まあ完敗ですからね。もう立ち上がれないと思います」

「お前が言っても説得力が無いぞ」


 連戦連敗街道まっしぐらのヴィクターに対し、ハロルドが皮肉を投げつける。実際、何度負けても致命傷だけは免れるのは何かの才能だろう。


「さて……反省会はこれくらいで十分かな?」

「そうじゃの。できることなら、二度と開く日が来なければ良いが」

「はい。もう戦争はこりごりですよ」


 蝋燭の炎が揺らぐ。だいぶ短くなっている。すっかり夜も更けた。

 戦争は終わったが、彼らの人生が終わるわけではない。国を立て直し、富ませる本業が待っているのだ。そのための英気を養うため、彼らは明日を夢見ることにした。



――



 松明の炎が揺らぐ。

 金髪の女騎士が膝を立てて座っている。彼女が傅いているのは、椅子に座った男だ。オールバックにされた黒髪と赤い瞳が、炎に照らされている。


「で、スカンプを連れて逃げ帰ってきたってわけか」


 男が口を開いた。それだけで、女騎士は肩を震わせた。男が放つ圧倒的な威圧感に呑まれていた。


「ですが、ゼクセン王国内にはスパイを残してあります。我々に通じる貴族もおり、クレヌール王国を内部から揺さぶることは十分可能です」

「そんな小細工やってる場合じゃねえんだよ」


 女騎士の報告を、男は一刀両断に斬り捨てた。


「お前ら……っつーか、マルグローブ公爵は、随分と長い間ゼクセン王国に肩入れしてきたよな。エンデ連合への牽制、だったか。

 いくら金をかけた? いくら人数を注ぎ込んだ? そいつが丸ごと無駄になったんだ。お前らのやり方は通用しない、ってことだよ」


 女騎士の名は、メアリ・シュミットと言う。彼女はメルガイア帝国の騎士であり、1000人を率いてゼクセン王国に出向していた。

 メアリの任務は、帝国に従順なゼクセン王国が滅びないよう支援することであった。だが、駄目だった。クレヌール王国のスカンプ公爵が転がり込んできて、ゼクセン王が調子に乗った時点で止められなくなった。結果は惨敗である。やむを得ず、メアリはスカンプを連れて国を脱出した。


「マルグローブ公爵には話をつけた。これからは、俺のやり方に従ってもらう」


 そこで待っていたのが、眼前の男である。彼が10000の軍勢を率いて国境に待機しているのを見た瞬間、メアリの背筋は凍りついた。

 この男は、マルグローブ公爵が10年かけて作り上げた体制を破壊するつもりだ。


「……エンデ王国と戦争を始めるおつもりですか?」

「あぁ? いや、そこまではしねえよ。今まで頑張ってきたお前らのメンツがあるだろ。それに南の聖王国に隙を見せられないしな」


 赤い瞳の男は喉を鳴らして笑った。


「ゼクセン王を奪い返して、クレヌールの王族を皆殺しにして、スカンプを王にする。そこで止めてやるよ」

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