出たら負け騎士ヴィクターの撤退戦

劉度

第1話 ヴィクターの凱旋

 戦勝を祝う花が舞う。

 クレヌール王国の首都では華やかな凱旋パレードが行われていた。犬猿の仲だったゼクセン王国との戦争に勝ち、国王を捕らえるという大戦果を挙げたのだ。

 大通りを軍隊が行進していく。その先頭に立つのは、近衛騎士団長ヴィクター・ドリッヒェン。漆黒の髪、青碧の瞳。白銀の鎧に身を包み、国王より賜った魔剣『ネンニウス』を携えた眉目秀麗な騎士。まだ21歳の若年ながらも、隊列の先頭を堂々と征く様は、誰もが目を奪われる。


「騎士団長様がゼクセン国王を捕まえたらしいわよ!」

「流石ね! 今回も大勝利だわ!」


 沿道の民衆がヴィクターを見て噂する。


「国王が篭る最後の砦を、たった500人で攻め落としたらしい」

「流石。初陣で陛下をお守りして、一人踏みとどまっただけのことはある」

「あのエルフリード伯を説得したのもドリッヒェン様だって聞いたぞ?」


 戦果を囁き合う民衆は、熱に浮かれた視線を彼に向ける。ヴィクターはたじろぐこともなく、右手を高々と掲げて応えた。

 沿道が歓声に湧いた。



――



「で」


 その日の晩。


「100人が籠もる村を500人で囲んで落とせなかったって、どうしたんだ?」


 クレヌール城会議室。ここには錚々たる顔ぶれが集まっていた。

 赤髪に新緑の瞳を備えたクレヌール国王、"少年王"ハロルド・クレヌール。

 先王の妻にしてハロルドの後見人、"大后"ヘレナ・ゴンドルフィン・クレヌール。

 この2人に質問されているのが、近衛騎士団長ヴィクター・ドリッヒェンであった。


「私の力不足です……」


 ヴィクターには昼間のような自信はない。国王からの問いにしょげかえっている。主人に叱られる子犬のようであった。


「いや、力不足って言っても人数は5倍もいたし、敵も城に篭ってた訳じゃないし。むしろどうしたら負けられるんだ? わざとでも難しいだろ?」


 一方、国王ハロルドにも怒気はない。本気でヴィクターの敗北を不思議がっている。


「ヴィクター。いつものことじゃが責めているわけではおらぬ。素直に申せ」


 大后ヘレナに促され、ようやくヴィクターは話し始めた。


「……その。簡潔に言うと、ただの村ではありませんでした」



――



「なんだこれ……」


 ゼクセン王国の山間部にノト村という場所があった。人口は50人程度。小さな村だとヴィクターは聞いていた。

 ところが、現地に赴いたヴィクターが見たのは、村に続く山道を完全に塞ぐ石造りの関所であった。


「爺、道案内の人を呼んできてくれ」

「かしこまりました」


 副官のアッシュが道案内の地元民を連れてきた。


「あの、騎士様、ワシ、何か悪いことでも……?」

「いや、聞きたいことがある。あの関所はノト村のものなのか?」

「へえ。この辺にはゴブリンが住んでるんで」

「な、なるほど」


 魔物避けなら仕方ない。


「戦争が終わっててよかった……ここに籠もられたら大変だぞ」


 ゼクセン王国との戦いは既に終わっている。決戦に勝ち、首都を占領し、国王は行方不明。クレヌール王国の完勝だ。

 ヴィクターがこの村に来たのは、敗残兵を降伏させるためである。100人ほどの兵士が村にいると聞いている。このまま放っておくと山賊になって大変だ。


「パンと水の準備はできているか? 腹が減ると気が立って危ないからな」

「報告ーッ!」


 伝令が駆け込んできた。


「ノト村、降伏を拒否しました! 矢を撃たれて2人負傷!」

「なんで!?」


 意味がわからなかった。降伏すれば命は助かる。食べ物と水も保証するし、故郷までの路銀も用意する。何より戦争はもう終わっている。断る理由がないのに断られた。


「攻めるしかありませんな」


 アッシュの提案にヴィクターは頷く。


「不思議だけど仕方ない。後から来る輜重しちょう隊が城攻めの道具を持っている。それで関所を破ろう」

「報告ーッ!」


 また伝令が来た。今度は後ろからだ。


「輜重隊がゴブリンの群れに襲われました!」


 ヴィクターは天を仰いた。


――


「その後ゴブリンを討伐しようとしましたが、山に逃げられて見つかりませんでした。

 やむを得ずヤンソン男爵に援軍を請い、一緒に攻めようとしたところ、相手が降伏したのです」

「敵は少数、力押しをしようとは思わなかったのか?」


 ヘレナの質問に対し、ヴィクターは首を横に振る。


「道が狭く大群の有利を活かせません。それに魔術師がいて、密集したところにファイアボールを撃ち込まれる可能性がありました」

「承知の上よ。50人ほどの犠牲で落とせたはずじゃ」

「戦時中ならいざ知らず、田舎の村の関所です。それほどの犠牲を払って落とす場所ではありません」

「……だか、ゼクセン王がいたのじゃろう?」

「知りませんでした……」


 降伏した兵士の中にゼクセン王がいて、ヴィクターもヤンソンも驚いた。どうやら城を捨ててここに隠れていたらしい。

 ヤンソン男爵は敵国の王を捕らえるという大金星を得た。勲功を譲る形になったヴィクターは、ヤンソンにとても感謝された。だが、感謝したいのはヴィクターの方だ。あのままだと確実に負けていただろう。


 そう。負ける。いかに数で勝ろうと。いかに力で上回ろうと。戦になれば必ず負ける。

 それが近衛騎士団長ヴィクター・ドリッヒェンという男の"星"であった。


 ヴィクターの話を聞き、しばらく考え込んでいた国王ハロルドが口を開いた。


「関所の見落とし。ゴブリンの奇襲。未発見のゼクセン王。今回の敗因は『敵地での情報収集力の弱さ』だと思う」

「確かに……急な出兵ゆえ、密偵を集める暇も無かった。そもそもこの国の外征は、わらわが嫁いできた頃以来ではないか?」

「そうですよ、母上。ここは一度、諜報網を見直す時期が来てるのかもしれません。メルガイア帝国の動きも気になりますし……」


 ヴィクターの敗戦をヘレナが解析して、ハロルドが問題点と対策を洗い出す。これがクレヌール王国戦後の恒例行事、ヴィクターの反省会であった。

 こうして得られた戦訓は軍事や政治に反映される。何をやっても負けるヴィクターだが、それはそれで役に立つのだ。


「……しかし、のう」


 戦訓を書き付けたヘレナは、その紙を木箱に入れた。ここには今までのヴィクターの敗北が詰まっている。


「とうとう35枚目になってしまったか……お主、初陣は3年前よな? 月イチペースで負けておるではないか」

「いえ、本当の初陣は5年前ですから、それほどでは……」

「そういえばそうじゃったな……」


 納得仕掛けたヘレナだが、ハッとして顔を上げた。


「って、その無断出撃の初陣でも危うい目に遭っておるではないか、このたわけが!」

「そうでしたっ」

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