第37話 聖女登場!!

「あら?あなた、は‥‥?」


息を、呑んだ。


出てきたのは清廉な雰囲気を纏う、私やイチイちゃんと同世代の少女だった。長いであろうその白髪を黒いベールの下に隠し、長いまつ毛に縁取られている浅いようで深い湖の瞳を伏せ目がちに魅せる人形のような美少女。普通の、いやそれよりも質素である彼女のシスター服は彼女の麗しさをより引き立たせていた。


でも、私は彼女の美しさに心を奪われて息を呑んだわけじゃない。予想外の出来事に混乱しているのだ。



なんで、ここに、あなたがいるの。


「‥‥聖女、様。」


私はかすれた声でぽつりと言った。


彼女の姿は少し違うながら通じるものがある。その覗ききれぬ神秘さや、老いを彷彿させぬ絹のように美しい白髪。淡く澄んだ青玉の瞳。


間違いない。私が時間を巻き戻す前に一緒に旅をした仲間の、聖女様だ。聖女様が、ここにいる。


「こんなところであなたにお会いできるなんて驚きですわ。?」

「っ!!」


蠱惑的に微笑む彼女を前に後ずさる。


なんで、私を‥‥、魔術師として勇者の旅に同伴する前の私を魔術師と呼んだの‥‥。なんで時間が巻き戻る前のことを知っているの!?


私と聖女様はまだ今回の人生では出会っていない時間が巻き戻る前を参照するならばもっと後なのにまさか私が時間を巻き戻す前とは違う行動をしたから?


いや違うこの人は私が魔術師であることを知っている。私が『エリース』であることを知っている。


なぜ私を魔術師のエリースだと知っているの?


今の私はまだ魔術を学んでいないただの村人であった。


そもそも今ぐらいの聖女様が何をなさっていたのか、私は知らない。


だからここにいたっておかしくはない。おかしくはないけれども‥‥。時間を巻き戻す前の私を知っているのはおかしい。


どうしてこの人は知っているの?何を知っているのなぜ私に話しかけたきたの。



様々な思考を巡らせているだけでただ突っ立っている木偶の坊となっていたその時、聖女様が優しく、慈悲深く微笑みかける。そう、神様のように。


「あらあら、あなたにも‥‥、記憶があるようですわね。ふふ。」

「っ!」


どうやら聖女様は私のことを試していたらしい。だ、騙された‥‥。こういうところが『狸』だと思う。


「さて、お互いに積もる話はございますが‥‥、その前にその少女、救って差し上げてもいいですわ。仲間でございましたよしみ、ですわ。」

「ほ、本当ですか!?聖女様!」


彼女の言い方は傲慢で高慢ちきだ。まるで自分が神であるかのように堂々と神の御業を語る。けれども、彼女にはそれが一番似合う話し方であり、また、それが許されるのを知っている。なんせ、彼女は神に愛されたとしか思えぬ『』の才能の持ち主だ。あの勇者に認められるほどの。


縋りたい。縋り付いて、『お願いだ』と、『救ってほしい』と泣き叫びたい。イチイちゃんを救えるのなら。彼女を救えなかった私の無力さを嘆かなくてもよくなるのならば。もう先程から物言わぬ彼女を救ってほしいと彼女の靴に頬ずりたい。


でも、だめだ。今の彼女は信用ならない。なんせ彼女は勇者と協力して私の村を滅ぼした容疑者だ。


私達と聖女様は先に別れていたとはいえ、それはフェイクで勇者と協力した可能性がある。聖女様はかなり心が読めない方だからなんとも言えないが、可能性としては十分有り得る。‥‥信用しちゃ、だめだ。


でも、今は刻一刻を争う事態だ。今から『教会』の支部に向かっても間に合う可能性は‥‥。


私はためらう心を振り払って聖女様の目をみつめた。


「‥‥お願い、します。」


私の手からイチイちゃんを離し、地面に優しく置く。


「承知いたしましたわ。」


笑みを深めた聖女様はイチイちゃんの前に屈み込む。瞼の裏を見たり、動悸を聞いたり、創傷をじっくり眺めたりしている。


『何を悠長に!!』と他の神父様やシスターならば言ったが、彼女ならば問題ないため黙って見つめるだけだ。何故なら、彼女には悠長にしていても大丈夫だと理解っているから。彼女が『見誤らない』ことが、分かるから。旅をしてきたときの信頼感が緊急時の対応で出てくるものだと、信用していないくせに。思わず自嘲する。


そんなことを考えていると、患者の様子を見終わった彼女は粛々と祈り始めた。するとそれに呼応して彼女の身体からまばゆい白い光が発せられ、それと同時にイチイちゃんの身体も同様に輝き出す。何回も見慣れた光景だが、何回見ても見とれてしまう。それほどまで美しい光はやがてイチイちゃんの患部に集まっていく。


相変わらずえげつない光景に私は頬を引きつらせる。これこそ彼女が『神に愛されている』とまで称され、『聖女』という素晴らしき称号を持つ秘密だ。聖女様は無詠唱で正確に、教会の要である多様な技術__、《奇跡》を起こすことができる。


《奇跡》に関してはかなり私がオタクなことがあり、語れば語るほど長くなるため、あまり語れないが、彼女は《奇跡》においての制約‥‥、『誓約ゲージ』が適用されないのだ。


本当の《奇跡》での治療は『誓約』のせいでもっと人数も時間も必要となってくるし、治療の質もここまで高くない。のにも関わらず、彼女は1人でこんなにも高い治療を短時間で終わらせられるのだ。


その彼女の治療は終盤に入り、やがて光が立ち消えた。


「できましたわ。」

「ほ、本当‥‥、ですか!?」

「ええ、私、嘘はつかない主義でしてよ。」


ふふっと穏やかに微笑む彼女に私も釣られて笑ってしまう。ああ、そうだ。この人は人族に対してとても慈悲深い人だった。そんな人が人族しかいなかった私の村を滅ぼす?そんなのあり得ないことだ。私はなんて最低なことを聖女様に対して考えてしまったのだろう。


「ありがとうございます!聖女様!」

「いえ、これぐらいはなんともありませんわ。ですけれども、忠告はしておきますが左目の方は失われたままですわ。」

「っ!!」


この世の真理としてある『失われたものは二度と取り返せない』。


目が失われたことは‥‥、イチイちゃんの人生に暗い影としてあるだろう。彼女が演劇を続けるにしても、宿屋の女将を勤めることになっても、それはずっと付きまとうハンデとなる。でも、


「そんなことでくじけない子だと、信じています。」

「‥‥そう。‥‥実は私もあなたに同じことを思っていますわ。そんなあなたのお墨付きだもの。大丈夫ですわね。」


晴れやかに笑う彼女に私は少し嬉しくて頬が緩んでしまう。と、そこでお金に関してのことが頭に浮かんでしまう。


「聖女様‥‥、あの、お金って‥‥。」

「嗚呼、あなたのためならばこのぐらいなんてことはありませんわ。お代も私への感謝の気持ちで十分ですの。ふふ、エリースさん、もしやあなた、私を久しく再開した方にお金をせびるなんていう極悪人に仕上げるつもりじゃありませんわよね?」

「っ!聖女様‥‥。」


私の内心まで気を使われるなんて、お優しい方だ。何度この優しさに救われたのだろう。


「暫くしたら彼女が目覚めますわ。‥‥申し訳ありませんの。私、どうしても外せない用事がこの辺りでありまして‥‥。最後まで見られないのですの。この不肖なる我が身をお許しくださいませ。」

「そんな‥‥!!頭を下げないでください!!」


少し困ったように眉を寄せて、頭を下げた聖女様は私の言葉を聞いて安心したように微笑んでから、服をまさぐった。そして服から出てきたペンと綺麗で真っ白な紙になにやら書かれた後、次はスカートをたくし上げた。


‥‥ん?


そ、そのスカートから、じゅ、純白の輝きが‥‥!!


「ちょ、せ、聖女様ぁ!?何スカートを!?はしたないのです!!」

「あら?ごめんあそばせ。少しあなたに渡したいものがございましたので‥‥。」

「‥‥っ!」


渡されたのは灰色で中身の見えない薬瓶とさっきの紙だった。どうやら薬の瓶は太ももにくくりつけていたらしい。


「こちらは回復薬の飲薬ですわ。そしてこちらはそれらの材料が書かれた紙ですの。足りなくなってこちらの薬瓶は1回分しかございませんので足りない場合はこちらの薬を使ってくださいませ。それと、万が一を考えて『教会』に診せてくださいまし。」

「聖女様!!ありがとうございます!このご恩は‥‥!!」


そう言うと、聖女様は意味ありげに笑われた。


「よろしくてよ。私、あなたに会えてとてもいい気分なのですわ。これは‥‥、そうね。餞別、かしら。」

「せん、べつ‥‥?」

「それでは時間が差し迫っておりますので失礼いたしますわ。ごめんあそばせ。また次回に会えた時にでもじっくりとお話することにいたしましょう。」

「あ、あの!聖女様!」


そう手をひらひらとさせて歩みを紡ごうとする聖女様の足を私は止めさせた。よくないこととは理解っている。無作法だろう。それでもどうしても聞かなきゃいけないことがある。


「‥‥どうかいたしましたの?」

「勇者は、今、どうなんですか?」

「‥‥さあ、あの愚か者は此度は知りませんわ。これでよろしくて?」

「あ、ありがとうございました!」


頭を下げる私に満足そうに目を細めてから今度は本当に行かれてしまった。


そんな聖女様をぼんやりと夢心地のように眺めている。よかった。やっぱり勇者だ!勇者がおかしかったんだ!私が最も尊敬して最も憎悪で煮え切っている人。そんな人が行った愚かな行為にあの聖なる聖女様が関わるはずがない!そうだよ、そうに決まっている!!


ふわふわとした思考に浸っていると聖女様が行かれた反対側の草むらががさごそと揺れ動いたのが分かる。でも、焦ることはない。だれかは理解わかっている。


「なんとか、なりましたよ。」


後ろを振り向かずにその人に話しかける。


「ヴァン。」


多分、今の私はとてもハッピーだ。

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