第10話 聖句詠唱!!


 そのデモンの姿を見ると私は息を飲んでしまう。



「こりゃ‥‥‥、でけーな。道理で動物がいないと思った‥‥‥。こんなやついたら‥‥‥、逃げているか食われるかのどっちかだもんな。」



 隣にいたヴァンはそう言って、更に警戒を強めた。


 そこにいたのは人族の青年男性の2倍ぐらいの大きさで二足歩行する狼だった。その手には武器のような大型の片手剣を持っていた。



 そのデモンの額に光るものがあり、その血に飢えたギラギラした目とよく似た色で、第三の目のようだった。



 確かにデモンを倒す手立ての少ない私にとっては難しい戦いになりそう、だけど‥‥‥。



「来るぞ!!」



 そう言われてきた攻撃は、私の方に向かってきた。剣を大きく振りかぶって私の脳天をかち割ろうってしているのがよく分かる。



 弱いそうな方からやっつけようって訳だろう。



「危ないちびっ子! 逃げろ!! 」



 その攻撃をぼんやり見つめていると、ヴァンの焦った声とこちらに来てかばおうとしているのがよく分かる。



 __あ、やばい。ぼーっとしてた。




「ちびっ子!! 早く逃げ、」






 そう言った後、ヴァンの耳には悲鳴が聞こえただろう。




「ギャウンンンンンンンンンンンンンンンン!!!!!」







 もちろん‥‥‥、このデモンの声だ。




「この犬っころの宝玉は柔らかいですね。あと2回で壊せそうです。うまく行けばあと一回か‥‥‥。」

「い、犬っころって‥‥‥。ちびっ子様? 」

「ああ、ヴァン。邪魔、しないでくださいね? 殺したくないですから。あなたのことは。‥‥‥まだ。」

「ひええええええっ!! 」



 何が起こったかって? 片手に持っている兵士さんからの剣で普通に攻撃を受け流した。そしてあまりにも力を入れすぎて、受け流されたことによりバランスを崩しているアホな犬さんの懐に入って目立つように額にあった宝玉を切っただけだ。



「だから、剣は使えますって言ったじゃないですか! っと。」



 そのことで完全に腹を見せてなんとか起き上がろうとして奮闘する犬さんに向けてもう一度宝玉を切ろうとする前に‥‥‥。




 __パリンッ



 と涼やかな音をたてて宝玉が壊れたことにより、犬っころは意識を失っている。これをデモンの死アスフィクスィアと呼ぶ。これから最後の力を振り絞って戦いに挑んでくる大馬鹿なデモンがいたり、復活したりするからだ。



 まだこれはデモンの完全なる死ではない。


 そのために私は‥‥‥、この宝玉を聖句で完全に抹消しなければならない。


 浄化系の魔法とか使えば一発当てれば倒せるし、ここまでしなくていいしで滅茶苦茶楽なんだけど‥‥‥、魔術が使えないため、そんな贅沢はいってられない。



「〈邪なるものよ、神の身許へ〉」



 そう聖句を唱えると完全に粉々になり、やがて破片が光りだして空へと舞っていく。


 なんでこうなるかはよく分かっていない。そもそもこのデモンがどこで生まれるのか、何故生まれるのかさえ分かっていないのだ。



 一説では‥‥‥、デモンは亜人が生み出したともいわれている。


 その真偽はわからないが、魔術師や『教会』の人間でなくても使えるこの聖句を作った『教会』の人間は天才だ。一般人がデモンに対抗出来うる方法が見つかっていることは非常に大きい。今みたいに魔術が使えないときにも使える技なのだから。



 使い方はさっきの聖句を割ったデモンの宝玉に向けて言うだけだ。これだけでデモンの復活を防げる。


『教会』万歳!!



「終わりました。これでいいのでしょうか? あとはこの犬っころの‥‥‥、そうですね。尻尾だけ証拠として持っていきますか。森の外まで全体を出すのは面倒ですし‥‥‥。」

「ち、ちちちびっ子? お、おおおおまっ!! 」

「はい? なんでしょうか? 」

「剣使えるって言ったけど、まさかそこまでなんて‥‥‥。魔術使えなくても十分じゃね? 」

「いや、私は誰がなんと言おうと魔術師です。」

「ガチで‥‥‥、時間を巻き戻したんだな‥‥‥。」



 少し後ろめたそうにそう語るヴァンにもしかして‥‥‥、と尋ねる。



「ヴァン、あなた、私のことを試そうとしたのですか‥‥‥? 」

「う、まあ、そうなるな。これからの旅をする上で相手の力量を知っておきたかったし、それに時間を巻き戻したこと云々の真偽もはっきりさせておきたかったんだけど、な‥‥‥。まさか大型デモンにこれだけ戦えるって‥‥‥。」



 ヴァンのその言葉に疑問を覚えてしまう。



「大型? 何を言っているのですか? 」

「は? おいおい‥‥‥。こんなにでけーんだぞ? この辺りで出るデモンの中で一番デカかったんじゃねーのか?」

「いや、だから、これで大きいって‥‥‥、バカなんですか? こんなのは雑魚中の雑魚です。こんなの百匹出ても上位デモンや超位デモンには敵いませんけど? 」

「は? 百匹? 上位? 超位? 」



 何を言ってんだ? って顔に私がその顔をしたいと切実に思った。



「そんなの一体どこで出てくるっていうんだよ。」

「さあ? 亜人の国でも人族の国でもどちらでも出てきました。不規則に。場所も時期もバラバラなのでわからないですが、上位デモンなら2ヶ月に1回は出現報告を受けました。」

「は?こちらとら、そんなにデモンなんてでねーよ。世界中でいったら1年に一回じゃねーのかよ?」



 神父様にもデモンの頻出規模は多くない旨を聞いているけど‥‥‥、ヴァンの話を聞く限りどうやら本当らしい。



 いや、神父様を疑っているわけじゃないけど、やっぱりそうなんだ‥‥‥、と驚きを隠せないのだ。



「どうして‥‥‥、この世界はこんなにも平和なのでしょうか? 私は通常の雑魚デモンの出現報告をいやというほど聞いてきたのですが‥‥‥。」

「どんだけ物騒なんだよ。その世界‥‥‥。」

「私はそれにプラスして亜人との戦争にも参加していました。」

「ああ、言ってたな。物騒がすぎるぜ‥‥‥。国もこんな幼い女の子を犠牲にしてでも俺たち亜人に勝ちたかったのか? 」

「私は特例です。魔力が多いし、何より私が勇者の旅に入りたかったので。」

「なんで、そんなに戦いたかったんだ? 」

「‥‥‥勇者に、憧れていたんです。」



 そう、あの頃は本当に勇者に憧れていた。最初は勇者になりたかった。でもなれないと分かってからは、勇者のそばにいてみたかった。勇者を実感したかった。その時は知らなかった。自分の手を血で汚すことになるなんてしらなかった。



「亜人を殺した、そう言っていたな。」

「‥‥‥はい。」



 私は亜人を殺したと言った。‥‥‥言った。事実だ。言った。



「何人も、この手で‥‥‥。」

「今も、亜人を殺したいか?」

「そんなの‥‥‥、そうに決まっているじゃないですか。亜人は汚らわしくて、憎らしい人族の敵です。」



 そうだ。そのとおりだ。人族の敵なんだ。




 __助けて。


 __死にたくない。待っている人がいるんだ。


 __◯◯◯!!!死ぬな!!!俺をおいてくなよ!!




 そんな声、私は知らない。聞く必要も、覚えている必要もない。


 アレらは、私達を見ているのは人族じゃないから。



「じゃあ、なんで俺を殺さなかった。」

「それは‥‥‥。」

「お前は殺そうと思えば、今殺せたんだ。このまま。他の奴らは俺が死んだ理由に『デモンに殺された』と言えばそれで終わりなんだ。‥‥‥何故、殺さない。」

「‥‥‥そんなの。」



 亜人は憎い。殺さなきゃ。でも。


「神父様が、神様が仲良くしなきゃだめというなら‥‥‥。」

「結局お前は『教会』の思うがままなのか?お前は、亜人を殺しているうちに思わなかったのか?『殺したくない』って。」



 殺したく、ない?


 亜人は殺さなきゃいけないのに。


 亜人は憎むべきなのに?



「考えろ。お前は『教会』のお人形じゃない。1人のちびっ子だ。」

「それなら!私は、何を頼りに生きていけばいいんですか?」



 思えば、私はずっと『教会』ばっかりだった。


 勇者も『教会』の一部だ。亜人を殺すのも『教会』の大いなる教えだ。



 じゃあ、今は?


 私は『教会』の何を目指しているの?


 神父様には殺されるほど嫌われちゃったのに私は何を信じていけばいいの?



「考えろよ。ちびっ子。それを考えるのは俺じゃない。お前だ。」

「そんなこと言われてもわかんないよ!! 」



 わかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんない!!!!!


 私は!! 何を信じていけばいいの!?



「それを旅の間で考えてもいいんじゃないのか? 」

「‥‥‥っ」



 私は、そう言って差し出された手を‥‥‥、無視してヴァンを押し倒した。いきなりそうしたからか、ヴァンの手には剣が手放され逆に私はヴァンの首元に剣を当てている状態になった。



「お、おい‥‥‥? ちびっ子? 怒った? え? ごめんって!! 説教たれちまって!! 許してえ!!!」



 私は、そういうヴァンの首に当てた剣で自分の背中に来た矢を防いだ。



「バカですか!! あなたは!! 違います!!! 走る準備をしてください!! 敵襲です!! 」

「は? 」

「あなたご自慢のお耳で聴いてください。敵の様子を!! 」



 あの兵士‥‥‥。もう終わりかと思っていたのに!! 何匹もいるなんて知らないし!! 一匹みたいな言い方していたのに!!



「あと何匹も同じデモンがいやがる‥‥‥、しかも、気配がどでかいのが一匹!! 」

「っ! 上級デモンがいやがりましたか‥‥‥。もう、気が付かれているようですね‥‥‥。こっちに来るみたいな音がしませんか? 」

「残念なことにな。」

「ヴァン、私があなたの背中を守るので早く逃げて応援を!! あなたのためじゃなく、私のために!! 」

「そんなことできるかよ!! 10歳に任せるやつにならせないでくれ! 俺も結構できる方なんだぜ? それに兵士野郎も俺たちを平気で見捨てるだろうしな。」



 そう言って、剣を構えるが矢がもう一度ヒュッとヴァンの頬かすめたときに、震えたのを私は見逃さなかった。


 ‥‥‥なんて役に立たない味方。



「じゃあ、あなたを囮にして逃げますので、頑張ってください。」

「おいおい‥‥‥。それはないぜ‥‥‥。た、たすけてくれえ!! 」

「‥‥‥。」



 まあ、逃げるのは得策じゃない。普通に追いつかれそうだ。


 ここは迎え撃ったほうがいいだろう。しょうがないが。非常にしょうがないが。1人で逃げたかったが。



「ヴァン、剣の腕前は。」

「子供の習い事レベル。」



 ここまで役に立たない味方も久しぶりだ。



「あなた、さっきの犬っころのときはどうするつもりだったんですか!! 」

「さっさとちびっ子の実力をみてトンズラするつもりだった。」

「‥‥‥。」



 バカだ。とびっきりのバカだ。そんなのできるわけない。



「じゃあ、妖術は? 」

「あー、すまん。実は身体の調子が良くなくて‥‥‥、使えねーんだ。これが。」

「使えないですね。」

「よ、妖術のことだよな? な?! 」



 さて、どうするか‥‥‥。17歳の私なら庇い立てながらもできるだろうが、なにせ私は10歳の身体で、訓練も何もしていなくて、更にヴァンをかばいながら魔術無しで剣の一本勝負という恐ろしく無理難題を言われている。





 ‥‥‥詰んだ。

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