n=55 社員寮
wさんは廃墟マニアだった。
ネットや噂話から目を付けた廃墟に、休みのたびに侵入。写真や動画を撮っていたそうだ。
法的には真っ黒の犯罪行為だと自覚していたが、ある出来事に遭遇するまでやめられなかったという。
その、ある出来事を体験したのは、とある会社の社員寮の廃墟へ入り込んだときのことだ。
外観は、少し古いマンションのようだった。
壁がひび割れて苔に覆われている以外、不気味な要素は見当たらない。
ごくごく一般的な三階建てマンションに思えた。
wさんは柵を乗り越えて、侵入。1階を歩いて回って、構造を把握することにした。
その寮は長方形型の建物で、長辺方向に個室の扉が並んでいる。また両端に共用スペースの洗い場とトイレ、階段があるようだ。
個室の扉は、残念ながらしっかり施錠されていた。
1階の散策を終えたwさんが2階に上がり、洗い場に差し掛かったときだ。
奥の個室の扉が開く。
そこから眠たげなパジャマ姿の男が出てきた。「おはよー」と声を掛けてくる。
wさんは、「おはようございます」と返事した。
パジャマの男は洗い場に立つと蛇口を捻り、顔を洗い始めた。
また別の部屋の扉が開き、ジャージを着た男が出てくる。その彼も寝起きのようで、寝癖の付いた頭を撫でつけている。
wさんはパジャマの男と一緒に「おはようございます」と挨拶していた。
ジャージの男はダルそうに「おう、おはよう」と返す。
その男も洗面台で顔を洗い始めた。
洗面台から顔を上げた2人が「じゃあ朝礼行くか」と、wさんの方を向いて言った。
wさんは本能的に「はい」と答えてはいけない気がした。
とっさに「部屋戻って鍵かけてきますわ」と答える。
すると、男たちは「そーか、じゃあ先行ってるぞ」と廊下を歩いてく。
階段を上る男たちが視界から消えた瞬間、wさんは正気を取り戻した。
廃墟の宿舎にパジャマやジャージ姿の人間がいるはずないし、水道が生きてるはずないし、朝礼なんてあるはずもない。
だが男たちと話している間はなぜか、それらを自然な物事として受け入れていた。
自分の認識が揺らぐような恐怖を覚えたwさんは、足早に帰宅した。
最後に自分で試してみたところ、洗い場の蛇口から水は出なかったという。
屋上の朝礼に出てたら俺、どうなってたんでしょうね。
wさんはそう語った。
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