n=23 雪の降る日

 ある冬の夜、突発的な空腹に襲われたWさんはコンビニへ出掛けるべく、自宅の扉を開いた。


 Wさんの家は住宅街のほぼ西端にある。そこから更に西へ進むと、小さな神社を包んだ鎮守の森に行き当たる。円状に整えられた森を迂回するために半円軌道を描いた道路が引かれている。その道を進めば県道に出られ、そこから数分北上することで近辺唯一のコンビニにたどり着く。晴れの日なら、徒歩15分ほどの距離だ。


 コンビニまでの雪中行軍は地獄だろうが、空腹には逆らえない。頭の中で道順を再生。

 目深にかぶったニット帽とネックウォーマーの隙間から、雪荒ぶ様を見据える。そして防寒用ブーツで雪を踏みしめ、歩き始める。


 雪が視界と地面を真っ白に染める中、雪上に残された足跡を追いかけて西へ歩む。雪が深く降り積もり、車道と歩道を区別できるものは足跡とタイヤ跡だけだ。住宅街だけあって往来は激しい。雪上には大量の足跡が残っている。


 しばらく俯き加減で進むと、追いかけるべき足跡の数が減った。さらに道がゆるやかに折れ曲がり始めた。

 顔を上げると視界の隅には、葉の代わりに雪を纏ったスギの木たち。鎮守の森を迂回する道だ。ここまでくれば全体の1/3ほど歩いたのではないか。


 喜びが支配するWさんの脳に、ひとかけらの疑問が生じた。


 顔を上げて気が付いたが、自分の追いかけている足跡は少しおかしい。道に沿わず、内角を攻めすぎている気がする。ある一種の足跡など、追いかければ鎮守の森の中に突っ込んでしまいそうだ。


 そこまでぼんやりと考えると、

 あの足跡の主は、鎮守の森に入っていったのではないか。だとしたら何のために?こんな雪の日に何の意味があって?

 そんな妄想が脳内で加速し始めた。


 しばし逡巡した後、足跡がどこへ向かっているのか確かめることにした。

 雪上の足跡を踏み、自分の足跡で上書きするように進む。ただし俯かずに、雪荒ぶ前方を見据える。

 先に見えるのは、合流する県道から漏れる信号の光ではない。ただ茶色い木の幹だけだ。


 やはり足跡は森に続いている!


 そんな気分の高揚は、一瞬で冷や水をかけられた。


 森に近付いて思い出したことだが、鎮守の森と道路の間には、幅の広い用水路が挟まっていた。

 そして追いかけてきた足跡は、その用水路の前で途切れていた。何の蓋もされていない用水路の前で。森の側へジャンプしたような跡もなければ、そこから引き返したような跡もない。


 まさかなと用水路を覗き込み、凍った水と疎らに積もった雪だけがあることを確認する。そこまでしてWさんは、途端に怖くなった。


 そのあと? 半泣きでコンビニまで行きましたよ。

 Wさんはそう語った。

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