最後の選択肢
殿下と褥を共にしたのは初めての事です。
穏やかな寝顔の殿下に抱きつきながら記憶に残る様々な事が蘇ってきます。
庶民階級の私では到底叶う筈がない恋であったと思います。
殿下の婚約者から幸せになる為にも諦める様に何度も何度も説得された事を今になって思い出します。
あれは意地悪では無く本当に私の事を心配して言って下さった事なのでしょう。
そして当時の私達にはあの方の慈愛に満ちた行動を理解する事を拒否し続けていました。
特に殿下は婚約破棄する為に貴族としてやってはいけない事に手を染めました。
多数の有力貴族の目の前で嘘や出鱈目であの方の品位や尊厳を踏み躙り私達の婚約を認める様に詰めよったのです。
あの方が虚言であると仰れば殿下は立場を失い何処か人目の付かない場所に幽閉され一生を過ごしたのでしょう。
しかしあの方は自身の品位や尊厳より王家を守ろうとしていました。
庶民である私にはその場の雰囲気に耐えきれず口を開こうとしましたが殿下から今まで聞いたこともない迫力のある声で堰き止められました。
そして私達は悲劇にしかならない事と気付けないまま結ばれてしまいます。
そしてこの状況は幸せの絶頂であった私へ神様が罰をお与えになったのでしょう。
少し前に意識を取り戻してしまい殿下の身体から徐々に体温が奪われていく様を見せつけられました。
身体を寄せて可能な限り殿下の体温を守ろうとしたのですが穏やかな寝顔をしている殿下から生きていたと実感できる熱は既にありません。
単純なお話です。
嘘がバレたのです。
あの方は嘘だらけの断罪劇を真実にする為に性格を豹変させ悪役を演じていました。
しかしあの方が堅く口を閉ざし何も語らずとも真実を暴こうとする者達が存在していました。
王家による規制に抗おうとする新興貴族達です。
瞬く間に貴族達の間で王家の不信が募り殿下がお持ちになっている王位継承権は適切なのかと有力貴族の間で議論が続けられております。
私達は決断を迫られました。
一つは私を全ての元凶として処刑する事。
一つは殿下が自ら王位継承権を捨て王都から遠い地に幽閉される事。
ですがこの二つは私達に永遠の別れを強く連想させた為にどうしても選択する事ができませんでした。
明日お会いする予定であったあの方なら何か良い知恵を持っていたのかもしれません。
しかし私達は最も悲劇的な解決を選んでしまいました。
肉体的に確かに結ばれる前に毒入りの葡萄酒を二人で呷りました。
婚前交渉は教義に反する事ですが既に死ぬ事を決めていた私達にとって障害にはなり得ません。
事が終わり微睡む時間は苦痛ばかりであった私の人生にとって大切な人と過ごせた最も幸せな時間でした。
さて微睡む時間で二人で語り合っていた夢の世界で殿下が待っています。
安らかに眠る様に死ねる毒は既にありません。
私は寝台から投げ捨てられていた衣服の下に埋もれていた殿下の剣を鞘から抜きます。
飾り付けられた宝剣は刃が鈍く突くぐらいしかできないと殿下が仰っていました。
月明かりに反射した殿下の宝剣を首に突き立て力を溜めます。
選択肢を間違え続けた私が最後に正解を選べた気がして嬉しくなります。
これならあの方から褒めて頂けるでしょうか?
「それでは皆様ご機嫌様。私は殿下のいる夢の世界に参ります」
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