夕暮れの玩具箱

Sasanosuke

ありがとうを伝えたくて

 葬式会場で両親を見失い置いて行かれた私は住宅街を走る個人タクシーをつい出来心で止めてしまった。


 タクシーは私を客だと認識して私を乗せ易い様に歩道に寄り後部座席のドアを開く。


「どちらまで?」


 タクシー運転手は私を客だと認識して業務を遂行している。


「……天国まで」


 諦めや申し訳無さを振り払い勇気を絞り出した声は弱々しく掠れていた。


「……何かあったんですか? 生きていれば意外と何とかなりますよ。」


 いろいろな感情が爆発して涙が出る。


「私はもう成仏したいんです! もう誰にも迷惑をかけたく無いし、怖い事も嫌なんです! どうしたらいいのか誰か教えてください?!」


 過労による痛みや苦しみの無い突然死。

 

 強い未練とかうらみとかは特に思い浮かばない。


 自分の葬式に参加してありがたいお経を特等席で聞いたがまだ成仏できていないしお迎えも来ていない。


「私に聞かないでお坊さんとかに聞いてくださいよ……」


 その通りだと思う。ただ、


「見てくれたのも聞いてくれたのもまだ貴方だけなんです! 何か方法を知りませんか!?」


 私は切羽詰まって何の縁も縁もないタクシー運転手に感情をぶつけてしまった。


「知りませんよ……ただのタクシー運転手なんですから……」


「……ごめんなさい」


「どこか行きたい所はないんですか? 未練とか怨みとか……」


「思いつかないんです……」


 此処に存在している事に恐怖を感じている。自分が自分でなくなる事がただただ怖い。


「……お客さんの実家は遠いんですか? 実家に帰って落ち着いて考えれば未練とか思い出せるかもしれませんよ?」


「隣の県で遠いんです。だからなかなか帰れなくて……」


「……隣の県なら大丈夫ですよ。時間は掛かりますが……住所を教えてください」






 タクシーはナビに従いながら下道を軽快に進む。


 運転手は口下手な私を気遣ってくれたのか他愛たあいの無い話で場を繋いでくれる。


 見知らぬ景色を眺めていたが突然記憶に残る建物が現れ始めた。


 郊外にあるテーマパーク。


 よく遊びに訪れていた繁華街はんかがいの駅。


 私の出身校跡地。


 そして、


 実家だ。


 もう何年も帰っていない。


 記憶に残る実家より少しだけ草臥くたびれれているが懐かしさと寂しさを感じ視界がにじむ。


 あれやこれや記憶が蘇る事は無く懐かしさだけで声を押し殺せず嗚咽おえつを漏らしてただただ泣く。


 実家の目の前でタクシーの後部ドアが開く。


 タクシーの運転手が振り返って何かを探している。


「……着いたのに消えちまいやがった」


 ごめんなさい。


 そしてありがとうございました。


 私の未練が消えたのは貴方のお陰です。


 後部ドアが閉まる前に慌ててタクシーを降り走り出す車に私は深々とお辞儀をした。

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