シックス・フィート・アンダー

HK15

シックス・フィート・アンダー

 ざくり。

 わたしはひたすら土を掘る。

 ざくり。ざくり。

 無心にスコップを振るう。湿った土に鉄の刃を突き立て、掘り返す。大地にひたすら穴を穿つ。下へ下へと掘り進める。

 ざくり。ざくり。ざくり。

 土を掘り、掻き出し、放り捨てる。ひたすらそれを繰り返す。無心に、機械のように、わたしはひたすら穴を掘り続ける。

 いったいいつから、どうして穴を掘りはじめたのか思い出せない。なぜかその記憶が曖昧だ。

 何で掘ってるんだっけ?

 穴蔵の底で、わたしは必死にそれを思い出そうとする。

 頭が痛くなる。それでも必死に思い出そうとする。

 誰かの顔が思い浮かぶ。

 女の顔。

 たしか、とわたしは思い出す。あれはわたしが愛した女だ。

 この穴は彼女と関係している。

 しかし、どんな関係が?

 よくわからない。

 わたしはひたすら穴を掘り続ける。

 ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。

 かちん。

 スコップの刃先が、何か固いものに当たる。

 なんだこれ?

 わたしは苦労してそれを掘り出す。

 銃だ。

 M4A1カービン。

 わたしの脳裏にするするとその銃の情報が再生されてくる。

 わたしはその銃を覆う泥を払い落とし、彈倉を抜いて確かめる。空になっている。薬室もチェックする。やはり空だ。わたしは銃の匂いを嗅ぐ。硝煙のきな臭さが鼻をつく。構えてみる。ドットサイトを覗く。実にしっくりくる。

 わたしはこの銃のことをよく知っている。

 これはわたしの銃だ。

 だが、どうしてこんなところに埋まっていたんだ?

 よくわからない。

 わたしは負い紐を使ってカービンを背中に背負う。

 さらに穴を掘る。

 深く深く掘る。

 ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。

 掘りながら考えるのは、脳裏に浮かんだ女のことだ。あの女は何者なのか? わたしが彼女を愛していたことは覚えているが、細かいことは何も思い出せない。

 この穴を掘り進めていけば、何かわかるのだろうか?

 わたしはさらに深く深く穴を掘る。

 ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。

 ふと、奇妙な手応えがある。

 白くて丸いものが出てくる。

 頭蓋骨。

 虚ろな眼窩がわたしを静かに見つめる。

 いくつもいくつも頭蓋骨が出てくる。

 それ以外の骨も出てくる。

 ふと気づく。頭蓋骨に穴が空いている。無惨に砕けた部分も見受けられる。他の骨も損傷が激しい。

 銃創。

 これは銃殺体の成れの果てだ。

 何だこれは。

 不意に頭痛がしてくる。

 この死体たちに見覚えがある、という記憶が不意に蘇ってくる。

 これはどういうことだ?

 わたしは困惑し、震えながらさらに穴を掘る。

 掘る。

 掘り進める。

 ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。

 骨がどんどん出てくる。損壊の程度はさらにひどくなる。大量の薬莢も一緒に出てくる。骨の損壊は銃撃ばかりでなく、爆薬によって砕かれたり焼かれたりしたとおぼしきものも出てくる。

 これは何なのだ。

 これは墓穴だ。

 じゃあ、これは愛した女の墓穴だというのか。

 それにしたってわからない。あの大量の死体は何なのだ? そもそも、なんでわたしは一人でこの穴を掘ってるんだ?

 ただ、ひとつの確信がある。この穴を掘り抜いた先で全てわかるだろう、ということが。

 わたしはさらに深く、深く、深く穴を掘る。

 ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。…………

 無数の人骨が、大量の薬莢が、銃器が、その他の様々の武器がわたしを出迎え、取り囲む。

 それらの全てがわたしに語りかける。思い出せ、思い出せ。お前は忘れているだけだ。お前の正体を、お前の運命を……。

 その声を振り払おうとして、その声に追いやられるようにして、わたしは叫びながら穴を掘る。掘る。掘る。掘る。掘る。掘る。掘る。

 ふと、スコップの刃先が、何か固くて平たいものに当たる。

 これは何だ。

 ふと、脳裏にひとつの言葉が浮かぶ。

 明瞭に。

 棺。

 これはわたしの愛した女の棺。

 わたしが殺した女の棺。

 わたしはさかしまに彼女の棺桶まで掘り進めてきたのだ。

 記憶が溢れる。

 職業的殺人者としての記憶が。

 死者たちがわたしを取り囲む。

 国家の矛盾を取り繕う、果てしのない殺しの果てに、ついに破綻を迎えたことをわたしは思い出す。

 精神の均衡が崩れ、自身の統括者ハンドラーへの思いが爆発して、そしてわたしは山ほど人を殺し、挙げ句の果てに統括者ハンドラーまで手にかけ、そして。

 そして。

「思い出した?」

 声が聞こえる。

 こよなく優しく、死の香りに満ちた声が。

 土の中から、細くしなやかな、青ざめた腕が伸びて、わたしを抱擁する。

 逃れられない。

 わたしは彼女の抱擁を受け入れる。

 骨が砕ける。

 喉から血が溢れる。

 これはわたしの最期の追体験。

 無数の銃弾がわたしを引き裂き破壊するその瞬間の。

 死者たちが骸骨の笑みを浮かべて言う。

 ようこそ。ようこそ。

 地下6フィートシックス・フィート・アンダー、我らの国へ。

 ようこそ。

 わたしは笑う。

 死の瞬間をまざまざと思い出しながら笑う。

 愛して、そして殺した女の腕に抱かれて、わたしは骨に、そして塵へと還っていく。

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シックス・フィート・アンダー HK15 @hardboiledski45

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