第35話 外へ

凍堂に異世界のことを話してから一週間が経った。


今、俺達は校門にいる。制服は着替えていない。着替えるものが無かったのもあるが、制服の方が俺達を認識しやすいと思ったからだ。


凍堂は制服の上から青いネックレスをかけている。こんな時にお洒落なんて、と思うかもしれないがこれはれっきとした装備品だ。


俺がゴブリンキングを倒して気絶したあと、中庭で凍堂が見つけて来たらしい。何か見覚えがあると思ったら、それはゴブリンキングがつけていたネックレスだった。付けてみると、その効果は「対物、対魔法障壁を身体に展開する」という驚きの性能だったのだ。


本来なら俺が使うべきかもしれないが、レベルの高い俺より凍堂が付けた方がいいという事で彼女が装着している。


装備は完璧。前から言っていたように、これから学校外へ行くのだ。本当はもっと早く出発したかったのだが、凍堂がそれを許してくれなかった。


傷が完治しなければ駄目だとテコでも動かなかったので、最終的には俺が折れて一週間の時間がかかってしまった。


俺を心配してくれての事なので文句は言えない。それよりもここからはモンスターがいる区域だ。気を引き締めなければ。


「荷物とか必要な物、全部入れたか?」


「はい、大丈夫だと思います。食料も着替えも入れましたし。もちろん武器も」


「ま、何か足りなかったら現地調達でもいいとは思うけどな。避難所があればそこで貰えるだろ」


荷物の確認をして校門から歩き出す。


一歩外に出ただけでもモンスターの被害の凄惨さが分かる。

建物のほとんどはボロボロになっており、人の気配は微塵も感じられない。道路や壁には大量の飛び散った血がこびりついていた。

辺りには幾つもの肉塊が散乱している。その中には人骨と思われるものまで。


学校にいても匂ってきた腐敗臭や血の匂いがツンと鼻腔をつく。腐敗臭に関しては人間の死体からくるものだろう。嗅いでいて決して気分の良いものではない。

隣を歩いている凍堂もこの惨状と匂いに顔を顰めている。


「想像はしていたが......思ったより酷いな」


もっと被害が出る前に逃げたと思ったが見込み違いか。確かにモンスターが現れた、なんて実際に見ないと信じられないだろう。頭の硬い大人なら尚更だ。実際に見ても夢だなんだと騒ぐ奴は絶対にいる。


「そうですね。何のモンスターにやられたんでしょうか」


死体を見ても驚かなくなってきたな。それに自分達の事まで考えられる余裕が出てきたか。良い兆候だ。


「ここら辺のは狼じゃないか?ほら、死体に爪痕が残ってる」


首の部分に引っ掻かれた跡が残っていた。引っ掻かれた、なんて生易しいものではなく、切り裂かれた、という方が正しいが。


この傷なら一撃で死亡だろうな。自分が死んだことに気づく間もなかったんじゃないか?


「先輩」


「.......ああ。分かってる」


死体を一瞥し、後ろに振り向く。


「グルルルルルルゥゥゥゥ」


狼、されどその体毛は学校にいたものとは少し違う。黒に赤みがかかった毛色で、一回り学校のよりも大きい。目は白目を向いており、鋭い牙の間からは涎がボタボタと垂れている。


数は六匹。ここはコイツらの縄張りなのだろう。自分達のテリトリーに入った異物を排除しに来たってとこか。


わざわざ会話を交わさずとも、俺は前に出て凍堂は一歩後ろに下がる。


数的有利はこちらにあると分かったのだろう。狼達が一斉に駆け出し、俺を狙って跳躍する。


どこかの本で読んだが、狼の怖さ戦闘能力の高さではない。集団による計画的な狩りが彼らの最も得意とする所だ。一体の獲物を狩るために何匹もの仲間を動員し、底無しの体力でジワジワと追い詰めていく。これが狼の狩りの仕方。

モンスターの狼も同じなのかは分からないが、少なくとも集団戦ではある。


——だが、それが通用するのは実力に圧倒的な差が無い時だけだ。


右手の『純黒』と左手の『堕白』を一回転させ、それぞれの短剣で一頭ずつ切り裂く。

俺の首を食いちぎるために大きく開かれた口に短剣の刃が食い込み、一瞬で胴体ごと狼を引き裂いた。


まだ終わりではない。残りの狼が飛びかかって来たと同時にしゃがむと、後ろから水の刃が飛来する。


凍堂の魔法だ。跳躍していた狼は全員もれなく真っ二つになった。これで残りは一匹。


そこでやっと実力差を理解したのか、背中を向けて逃げていく狼。

どいつもこいつも直ぐに逃げやがって......


【疾走】を使って追いつき、短剣を横薙ぎに振るう。何の手応えもなく狼は両断され、青い光となって消えていった。


「こんなもんか。凍堂、魔法のタイミング良かったよ。その調子で頼む」


この程度なら凍堂でももう余裕か。


「ありがとうございます!」


凍堂に声をかけて、狼が消えた場所を見つめる。

ふむ.........何も落ちていないか。モンスターを倒して手に入るのは装飾具だけなのか?でもゴブリンの棍棒は手に入らなかったしな。

エリアモンスターのみ、っていうのもあり得る。


「今の狼達がこれをやったんですかね?」


「多分な。でもまだたくさんいると思うぞ。狼は基本集団行動だし」


こっちから探しに行くことはしないが視界に入れば殺す。モンスターの数が増えるとエリアモンスターが出現するという情報を得た今、モンスターを間引くことは急務だ。


惜しむらくは「エリア」が具体的にはどこか分からないこと。


狼の死体があった場所を調べ終わると、俺達は再び公民館を目指す。学校に一番近いコンビニの角を曲がろうとした時——


!...........何かいるな。


人間....か?二人、足音から察するに武器も所持している。


音を出さないように凍堂とアイコンタクトを取り、武器を構える。


人間だからといって友好的とは限らない。梶木の件でそれは学んだ。

ゆえに、ここは慎重にいかなければならない。


相手がコンビニに差し掛かると同時に、俺は角から飛び出した。







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