第9話 覚悟
「んぅっ」
聞きようによっては如何わしい声に聞こえるかもしれないが健全な音声だ。どうやら凍堂が目を覚ましたらしい。スキルも取得し終わったので俺は筋トレの最中である。
「おはようございます。先輩」
「おはよう。よく眠れたみたいだな」
汗を拭きながら凍堂に挨拶を返す。昨日より血色もよくなってるな。一応回復したようでなにより。
「はい。先輩のおかげです。ところで...昨日言っていた仕事のことに関して教えてもらえませんか?」
そういえばそんな話をしていたな。その時、どこからかくぅとお腹の鳴る音がする。
「あー。朝ご飯食べながらにしよう。腹減っただろ?」
凍堂は顔を真っ赤にして俯いてしまった。うん。恥じらってる姿っていいよね!
「は、はぃ......」
そこまで恥ずかしがることでもないと思うんだがな....まあ俺みたいな年齢=彼女いない歴に分かるはずもないか。
ということで朝食。二人分用意する必要があるので自然と俺の食べる量は少なくなる。でもうまいなー保存食。ぼりぼりと乾パンを貪っていると凍堂がじっとこちらを見ていることに気づく。
「........どうした?」
「あ、いや!なんでもないです!」
声をかけるとすぐに目を逸らされる。俺の顔なんて見てもなにもおもしろいことないよ。どうせ見るなら天堂みたいなイケメンの方が......あれ?おかしいな目から水が.....。
「先輩。先輩のご飯....少なくないですか?」
そこに凍堂からの鋭い一撃!
「ソンナコトナイヨ」
「絶対嘘ですよね!?そんな顔に出る人初めて見ましたよ!」
勘の鋭い娘っ子さんだ。俺のポーカーフェイスを見破るとは。
「イヤ、オレハサッキイッパイタベタカラ」
「往生際が悪いですよ!」
なっ!これも看破するだと!?なんて奴だ...。
「まあ冗談はそこまでにすると、俺よりお前の方が消耗してんだから遠慮せずに食えってことよ」
「で、でも先輩だって凄い怪我してたじゃないですか!」
「俺はもう治ってる。見てみ」
そう言って上の服を脱ぐ。そこにあったはずの傷は全て消えていた。これを見たときは俺も混乱したものだ。ゴブリンにやられた打撲の傷も狼による切り傷もなくなっている。レベルアップによって自然治癒力が高まったと観るのが妥当だろう。
ちょっと凍堂さん?顔を手で覆ってる場合じゃないのよ。早く見てくれ、寒いから。
「ほ、本当だ....なんでですか!?」
「これの説明をするにはステータスについての解説がいるんだけど.....少し長くなるよ」
俺はステータス、モンスター、そしてその効果について凍堂に説明し始める。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
あれからおよそ30分ほど。
俺と凍堂はステータス諸々の説明を終えて、これからのことを話し合っている最中だ。
「んで、今までの説明を通してお前にやってもらいたいのは端的に言えばモンスターを殺すこと、だ」
俺の発言に凍堂の顔が青ざめる。気持ちは分かるさ。まだ一年生だもんな。高校に入って人生これからって時にこんなことが起きて、裏切られて、死にかけて。なのに次はモンスターを殺せときた。俺もそうだよ。まだこの状況に納得できていない。ふざけんなと今でも思っている。でも理解はしているつもりだ。単純な仕組み、殺らなければ殺られる。ただそれだけ。
「弱ければ生き残れない。弱者は搾取されるだけだ。弱いから裏切られる。この意味がお前なら分かるよな?」
「っ!」
びくりと身体が震える。それでも俺は口を止めるわけにはいかない。ここでやめれば彼女を殺すのと同義なのだから。
「弱ければ何も守れない。想像してみろ。自分の大事な人、物、なんでもいい。それが壊される様を。それが嫌なら——」
「や、やります!そんなことになるくらいならモンスターだって殺して見せます!」
今度はこちらが目を見開く番だった。まだ途中だったんだが、あの目に虚偽の色は混ざっていない。少しの怯えと決意が入り混じった表情。
その顔に俺はにっこりと笑い、こう告げる。
「よく言った。なら早速モンスター狩りに行こうか」
「え?」
俺も新しいスキルを試したいからな。
やって来たのはいつもと変わらぬ廊下だ。【察知】にいくつかの反応がある。
「見てみろ。あれがゴブリン。単体で行動する奴はあんまりいない。俺が見た中では群れで動くのがセオリーだ。」
「............」
緊張してるな。そりゃそうか....今からモンスターとはいえ生き物を自分の手で殺すんだから。
「ちょっと待ってろ。ここから動くなよ」
廊下の角から飛び出し、一番前にいたゴブリンを短剣で斬る。一匹を残して残りのゴブリンを処理し、生かしたゴブリンを地面に押さえつけてから凍堂に声をかける。
「出てきていいぞ」
恐る恐る角から出てきた凍堂に短剣を渡す。
「これで刺せ。頭をやれば一撃で済む」
「.........はい」
少し時間がかかりそうだ。お膳立てされて相手を殺すのと生死がかかった状況で剣を振るうのとではまったく心持ちが違うだろうな。後者は後々しょうがなかった、と思えるが前者は自分の意思で殺るのだから。
そう思って周囲を警戒するため、凍堂から一瞬目を離す。腕に血がかかる感触がして振り向くと、そこには短剣をゴブリンの頭に突き刺した凍堂が立っていた。一度ではなく何度か刺された痕がある。
「........気は済んだか?」
ゆっくりと頭を上げた凍堂の顔は今にも泣きそうに歪んでいる。復讐といっても相手は違う個体だ。俺なら満足できないだろうな。
「はい。これで私も先輩みたいに....なれるんですよね?」
俺みたいにはなって欲しくないがそれが彼女の望みならば。
「それはお前次第だよ。でも、ここまでやってくれたんだ。絶対に後悔はさせない」
死体となって消えたゴブリンから離れ、凍堂に背を向ける。後ろで凍堂が泣いている気配がするも、俺は気の利いた声の一つすらかけることはしなかった。覚悟を決めた者にとって慰めは失礼だと、そう思ったから。
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