第11話 なぜここに

 特急あずさが新宿駅につくと俺たちは、電車を乗り継いで打ち合わせ場所にしている店のある駅まで向かった。


「お兄ちゃん、東京の物価って高いんだね」


 梓は視界をあちこちに向けながらそう言った。


「まあ、最低賃金から全然違うからな」


 そんなどうでもいいような会話をしていると、泉が俺の袖口を握ってきた。

 梓も泉の行動を見ると、すぐに逆側の袖口を握ってくる。


「おい、お前ら」


 冷たい汗を流しながらそう指摘するも、すでに道行く人々はなにやら羨ましそうな目で俺を見ていた。ナニコレ、


 東京の人は忙しいから周りの人のことなんて気にしてないって言ったやつ、嘘つきだろ。


「やはり、来てよかったよ」


「ねー」


 先程までは犬猿の仲といった風だったのに二人は俺を貶めるためには協力しあっていた。


「おかしいぞ。お前ら、特に泉、さっき助け舟出してやっただろ」


「君、僕は性格が悪いんだといってあったはずだ」


 泉はそう言うと、更に体を密着させてきた。男のくせにやけに柑橘系のいい匂いがする。


「あーもうやめろ!」


 しかし、泉と梓は目的の店の近辺につくまで密着するのをやめてくれなかった。

 すごく、視線が痛かった。



 待ち合わせ場所の店が近づくと、梓はメガネをかけると、別行動で店に入店していった。

 俺と泉は友達同士という設定であとから店に入る予定だったのだが、カップルフェアという、泉が喜んで飛びつきそうな張り紙のせいで、ノリノリの泉によってカップルドリンクという謎にファンタジーな、ストローが二股になっているドリンクをサービスされる羽目になった。

 誰が、男とこんなドリンクを飲んで喜ぶんだよ。と思いながら、泉を見るとやけに艶めかしい飲み方ではじめの一口を飲んでいる。


「お前……わざとだろ」


 そんな風に指摘すると、泉は皮を被った清楚スタイルで、


「すーくんも飲みなよ。美味しいよ」


 と、のたまった。周りの独り身たちのトゲトゲしい視線を感じながら、どうにか個室にしてほしいと思っていると、梓からメッセージが届く。


『いま、合流したよ! 多分ちちちゃんだと思う。声と同じでちっちゃくて可愛いよう』


 メッセージを泉にも見せると流石にいちゃつくのをやめて、梓の方を見る。少し遠いけど、たしかに小柄で可愛い。別に中身まで可愛いということは望んでいないけど、可愛いなら可愛いでなんとなく嬉しかった。そんなことを思っていると、遠目からでも分るほど、梓が驚いたのが分かった。


『お兄ちゃん、この人チチちゃんじゃないよ! 涙子おねえさんだよ』


 俺もびっくりした、見た目から想像したイメージと違いすぎた。


「人間は、目で見もしないものに理想を求めがちだからね……」


 泉は、絶対驚いているくせにそんな風に言う。


「それでもねえ」


 そんな風に話していると、入店の際に鳴るベルがチリンと鳴って、俺のよく知る一人の少女が入ってきた。俺の小さな驚きの声とともに、店中の視線がそちらに集まった気がした。


『やばばばば』


 梓からもその少女が見えたのか謎のメッセージが送られてくる。

 その少女はレジの人に待ち合わせということを伝えると、涙子おねえさんと梓のいるテーブルに案内されていく。


「え?」


 その困惑の声は俺のいる席まで聞こえてきた。

 その少女。俺の幼馴染で、梓の友達である少女の正体は人気Vtuberチチちゃんで。

 

「なんで、彩がここに」


 俺の声は、幸いにも彩本人には聞こえなかったようだった。

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