第8話 妹ちゃんと練習したい

「お兄ちゃん! 烏城からすじょうさんも一緒に来るってマジ?」


 家に帰って、ARメガネと泉が来ることを説明したら、梓は嬉しいのか、緊張しているのかイマイチわからない様子でそう言った。


「ああ、来るよ。あいつは面白いことが大好きらしいから」


 俺がそう言うと、梓は可哀想なものを見る目で俺を見てきた。


「お兄ちゃんがネット上の生きる伝説に利用されているよう」


「いや、俺としてはお互いに利用しあっている関係と思っているぞ。これでも」


 かなり苦しい言葉だが、そう言い切った。


「まあ、それは置いておいてだよ! 秘密のベールで包まれている烏城さんと会えるなんて!」


 置いておくなら、俺を貶めないでほしかったが、こんなことを梓に頼んだところで仕方がない。


あずさ、予行練習としてちょっとメガネでやり取りしてみよう」


「分かったよ!」


 梓はそう言うと、メガネケースから黒縁メガネを取り出して、掛けた。


「うーん、なんとなくメガネに着せられている感というか、微妙に幼い子が大人っぽいのを目指した感じがいいぞ」


 そう寸評すると、梓は顔を真っ赤にする。


「いやー、そんな風に褒められてもなにもでないぞう」


 いや、微妙に貶しているのだが、せっかく喜んでいるので梓には黙っておくことにした。梓の将来に一抹の不安を感じながらも俺は、梓に指令を送る。


「それじゃ、文字を送るから、その返事を手元のスマホで送ってくれ」


「了解だよ!」


 梓の了解が取れたところで俺は手元のタブレット端末で梓にメッセージを送った。


『こんばんは』


 メッセージを送ると、梓はすぐにメガネを外して、歓声をあげた。


「すごいよ! お兄ちゃん! メガネに文字が浮かんできた! これ、逆からは見えないよ!」


 梓はメガネのレンズを隅々まで見ながら、喜びで飛び跳ねる。喜び方が幼稚園児そのものだった。


「わかったから、とりあえず返信を送ってくれ」


 呆れた声音でそう返すと、梓は叱られて耳を垂らす犬のようにしおらしくなると、申し訳なさそうに言った。


「お兄ちゃん、メッセージ消えちゃったよう。興奮しちゃってなんて送られてきたか忘れちゃった」


 俺は、梓の言葉に主に妹の頭の部分で計画が台無しになるんじゃないかと心配になった。


「お前、頭が鶏レベルな」


 俺は、梓の頭を突きながらそう言った。


「ひどいよう、お兄ちゃん! 私これでも先生にクラスで一番って言われたんだよう」


「ほう、なにで一番って言われたんだ?」


「ボケのセンスだよ!」


「ほう、それはこの景気の悪い社会で役立ちそうなことで」


 俺が、そう言って馬鹿にすると、梓は胸を張って言う。


「そうなんだよ!」


「それじゃもう一回送るぞ」


 梓の自慢を軽くスルーすると、俺はもう一回メッセージを送る。


『こんばんは』


『こんばんは!』


「速っ!」


 梓の返信の速さに思わず声がでる。


「ふふふん、これが、自称スワイプ入力の達人の力だよ! お兄ちゃん」


「しかもこれでブラインドタッチだからな。俺はスマホでもQWERTY入力しか使えないからこれは素直にすごいと思うよ」


 今度は本当に心から褒めると、梓はまた得意げになる。


「でしょでしょ!」


「まあ、社会にでれば、QWERTY入力が基本だから役立たないけどな」


 俺が、そう指摘すると、梓はジト目になって言う。


「お兄ちゃん、事実でも言っちゃいけないことがあると思うんだよ」


「お前、ローマ字入力めちゃめちゃ遅いもんな」


 そう言うと、梓はもじもじしながら、言い訳する。


「あんなの日本語とローマ字が混ざって頭がこんがらがるんだよう」


「そんなのUSキーボード使えばいいじゃんか」


 そう指摘すると、梓は不服そうに頬を膨らませた。


「日本人たるものひらがなは必須なんだよ」


「使わないのに?」


「使わないのにだよ!」


 そんなくだらない会話をしながら俺たちは作り置きしてある夕飯の時間まで二人で練習をしていったのだった。

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