第248話 女帝 -EMPRESS-(2)

 ──同時刻、城塞。

 宙で大きくターンを描いた巨大な蟲は、戦姫像を正面に見据えて直進。

 城塞を囲う城壁の上で、わずかにホバリング。

 のち、両中脚、両後脚を揃えて、城壁上の通路へと垂直に降り立った。

 その位置、外壁に備わった正門の真上。

 戦姫像の真正面、聴音壕の真正面──。

 稜線から全体を見せた太陽が、その擬態部の顔を照らす。

 一早く反応したのは、メグリ──。


「やっぱりその顔持った、二代目がいたか……。女帝エンプレス!」


 隣りに立つエルゼルは、女帝の顔を確認後、思わずメグリの横顔と見比べる。


「ま、まさかあの蟲は……。おまえの……」


 横並びで戦列に加わっていた、ルシャとセリ。

 ルシャもまた、女帝の顔を見て驚きの声を上げた。


「師匠っぽい……顔……。まるで、師匠とステラを足して割った顔……」


 屋上。

 戦姫像の頭部のわき、女帝のほぼ正面からその顔を見たラネットも、驚きの表情。


「お師匠を……若くしたような……顔ぉ!?」


 布陣を見るため一時的に屋外へ出ていたアリスは、ラネットの横に立ち驚愕。

 老いによるほうれい線を消すほどに、口を大きく丸く開ける。


「おお……。あの顔……まさに、52年前……この地へ降り立ったときの……メグリの……顔……。そう言えば、……わね……」


 メグリ・ホシガヤこと、令和の日本人、ほしめぐ

 偶発的な他人の空似で近い顔を持つ、ステラ・サテラ。

 メグリをベースに若干の脚色が入った、伝説の女戦士・ステラをかたどった戦姫像。

 そして、17歳時のメグリの顔を移し持つ、女帝。

 微妙に異なる同じ顔が、ナルザーク城塞に四つ揃った。

 メグリがこの状況を、呆れ半分にわらう──。


「世の中には、似た顔が三つあるっていうけど……。異世界で揃うとは、まあ笑うしかないわね。にしても、ニセハナマオウカマキリがベースとは……。ラスボスの風格、たっぷりじゃない!」


 頭部から真上に二本伸びる、波状剣フランベルジュのような太く鋭利な触角。

 擬態部以外の蟲部分は、通常個体より一回り大きい。

 各所の関節部では、防具のように硬質化した皮膚を隆起させている。

 前脚にある巨大な鎌は、付け根側の節が赤紫色に妖しく輝く。

 鎌に並ぶとげは長剣のように長く太く、挟まれた時点で絶命が確定。

 先ほどの飛翔能力から、運動能力も規格外なのが想像にたやすい。

 そして擬態部の体には、人間の女性から奪ったであろうドレスふうの白い衣類を撒き、それで乳房を固定して、乳頭を隠している。


「おっぱい隠してくれてんの、同じ顔のわたしとしちゃあ、助かるんだけどさ……。知性高そうで、不気味なんよね……」


「……メグリ、以前言っていたな。戦姫の力の発動条件トリガーは、おまえの顔だと……」


「そう! たぶん顔認証制度! 血縁のないステラに戦姫の力宿ってるのは、そのせいだと思う!」


「ならばやはり、あの女帝には……」


「まず、戦姫の力がある! しかも乙女盛りの17歳の……全盛期のわたしのね!」


「なんということだ……。戦姫の蟲版……か……」


「52年前に、顔移されたわたしも悪いんだけどさ……。わたしの顔記録した針金蟲を、保管してた奴がたぶんいるのよ。それが逃げだすなりなんなりして、あの二代目を作りだした。わたしがまたこの世界に呼ばれたのは……今度こそ、女帝やつを倒すため! イコール蟲の殲滅っ!」


 メグリが顔、次いで全身から緩みを消し、腰の剣へ手を回す。

 一方の女帝は胸元で腕を組み、ニマニマとした笑顔でメグリを見下ろしている。

 メグリが剣の柄を握る。

 同時に女帝の触角が、左右にピンと跳ねた──。


 ──バサバサバサバサッ……バサバサバサバサッ!

 ──ザザザザザザッ……ザザザザザザッ!


 多量の蟲が、ツルギ岳から飛来する羽音。

 樹上伝いに移動する、蟲の行軍の足音。

 それらがトーンの心身を圧し潰すかのように、聴音壕へと一気に流れこんでいく。


「あ……ああ……。蟲……羽音……足……音……。ツルギ岳から……たくさん……蟲が……。空から……樹上から……。計測…………不能……」


 ガチガチと上下の歯をぶつからせる音を交えながら、トーンが索敵結果を報告。

 そばにラネットがいなければ、フラッシュバックにより失神していたであろうトーンが、アバウトながらも懸命に声を出す。

 聴音壕の縁に立つラネットがそれを拾い上げ、トーンの恐怖心を吹き飛ばさんと大声で伝令──。


「ツルギ岳から蟲の軍勢接近中っ! 羽音、ならびに足音多数確認っ! その数……計測不能っ!」

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