第211話 ステラVSフィルル

 長身のフィルルが、小柄なステラへ目がけ、体重を乗せて長剣を振り下ろす。

 常人離れした握力、その両手で握られた柄。

 長い手足と、長い指の先で握ることにより生じる驚異的なリーチ。

 歴戦の大男でも、受ければ両腕を痺れさせそうな剛剣──。


 ──ガキィン!


 ステラはそれを、構えをまったく崩さず、足の位置をいっさい動かすことなく、下方からの振り上げで弾き返す。

 フィルルが剣へ乗せた体重が、衝撃となってすべてわが身に返ってくる。

 その痺れを狙って放たれたステラの一振りを、瞬時に顔を引いてかわすフィルル。

 回避が10分の1秒遅ければ、フィルルの高い鼻の頭に、傷が刻まれていた──。


(くっ……不自然っ! 理不尽……理不尽っ! あの小柄な体躯で剣圧が同等なのは、筋肉や瞬発力の面から説明もできますが……。なぜステラのほうが……リーチが優っているのですかっ!?)


 ステラとフィルルは、間合いを大きく取って勝負に入っていた。

 それは前試合の受験者が見せた、恐る恐る真剣の切っ先を擦らせあう距離と同じ。

 しかしステラとフィルルは、その間合いにて激しく剣の中ほどをぶつけ合い、刃先を相手まで届かせている。

 リーチを伸ばす修練を重点的に続けてきたフィルルにとって、小柄な体と涼しい顔で己の剣を打ち返し、反撃を届かせてくるステラの存在は理不尽であり、脅威であり、そしていまいましい。


(小柄のステラが、わたくしと同じ間合いで斬り合うには、蛇腹剣じゃばらけんでもなければ無理……。ですがこの試験の長剣は、戦姫團の戦備品。彼女だけが特殊な武器を持つことはできません。ならば、なぜ、どうやって……?)


 攻めあぐねるフィルルは、受けに回る機会が増えていく。

 その耳に、リムルシャとセリの激しい打ち合いの音が届いた。


(フフッ……。リムさんったら、あのような耽美な漫画を描き出す手で、なんと激しい攻防を……。まるで別人のようですわ。わたくしも……ちまちました戦いは見せられませんわねっ!)


 フィルルが構えを解き、剣を右肩の前で垂直に立てる。


「リーチが同等ならば、距離を取る意味はありませんっ! 間合いを詰めて、剣圧勝負ですわっ!」


 気炎を上げながらフィルルは、一気に駆けだす。

 その足を鈍らせようと放たれるステラの牽制の振りを、コンパクトな剣捌きで弾きながら、真剣が相手に深々と刺さる必殺の間合いへと踏みこんだ。


「あらためて……参りますっ! せやあああっ!」


 ──ガゴオオォン!


 掌全体でめいいっぱい握りこんだ柄へ握力を注ぎこみ、垂直に剣を振り下ろす。

 ステラは真横に伸ばした剣を垂直に上げ、フィルルの重い一撃を受け止め、弾き返そうとする。

 剛剣同士がぶつかり合った瞬間、フィルルが腰、両肩に蓄積していた余力を、一気に両腕へと注ぎこむ──。


「ここっ……ですわっ!」


 ──ガギイイィ!


 フィルルの二段構えの斬りこみが、これ以上ないというタイミングで決まる。

 ステラは迎撃に失敗し、直上からの刃競り合いを強いられる。

 この勝負で初めてステラが構えを崩し、半歩後退。

 一方のフィルルは両足のつま先を回廊へめりこませながら、刃をステラの顔へとにじり寄せていく。

 しかしステラの表情、試合開始時と変化なし──。


「……さすがです、フィルル。ここまでの剣圧、血の滲む努力の賜物なのでしょう」


「褒める必要はなくてよ……。わたくしの剣を受けるあなたも、同じほどの研鑽を積んだのでしょうから」


「……いえ。その努力を砕くのが、気の毒なのです。わたしはお師様に敗れて、初めて敗北の味を知りました。ゆえに、相手の努力が尊いほど、自分も苦しくなります」


「そのような配慮はけっこう! なぜなら勝つのは、わたくしですからっ!」


 刃競り合いを維持したまま、ステラの防御を崩すための蹴りをフィルルが始動。

 しかしその曲げた膝に、ステラの靴の裏が当たる。


「くっ……!?」


 ステラはフィルルの倍のスピードで蹴りを放ち、その出がかりをあっさり潰した。

 片足立ち状態で蹴りを受けたフィルルは、回廊を踏み外さぬよう体のバランスを取りながら後退し、体勢を立て直す。

 ステラはその好機に間合いを詰めず、逆に後方へと跳躍。

 回廊の隅ギリギリに立ち、フィルルとの間合いをめいいっぱいに取り、トントンと軽く垂直に跳躍して、全身の筋肉をほぐす。

 ラネット、リム、メグリ、エルゼル……。

 加えてセリと交戦中のルシャは赤い目の隅で、ステラの狙いを察する。


「「「「「……あの予兆はっ!」」」」」


 ステラが前方へ、水泳の飛び込みの要領で跳躍。

 そのまま宙で身を高速回転させながら、青い球体となっての回転斬り。

 左右に逃げ場がない回廊上で、未完成ながらのステラの必殺剣が発動。

 初見の観戦者からは驚きの声。

 そのざわめきを吹き飛ばすかのように、フィルルが怒声を上げる。


「ハアアアアァアアアーッ!」


 体の正面で剣を斜めに構え、逃げることなく、真正面から突っこむフィルル。

 ステラの剣が身に達する瞬間、フィルルはそれに全身全霊でぶつかった──。


 ──ガギイイイィンッ!


 強烈な金属音が場を支配。

 多くの者が息を止める。

 ステラの上方からの回転斬りを、フィルルが水平に大振りした剣で阻止。

 それでもなお力負けしたフィルルの体は、ズズズッ……と大きく後退。

 加えて、上半身を大きく反らしてしまったため、尻もちをつきそうな体勢を立て直すべく、やむなく敵軍側のコーナーまで後退。

 余裕を見せて垂直に降り立ったステラが、切っ先を地に向けて、フィルルへとてくてくと歩み寄る。


「……なるほど。ダッシュで得た勢いを剣に上乗せし、対抗しましたか。この技は、お師様でも正面から受けきれなかったもの。恐るべし……です、フィルル」


「フフッ……。左右に逃げ場がなかったのが、かえって幸いしましたわ。それで腹が据わりましたの」


「回廊の外は、逃げ場と認識しなかったのですか? わたしの狙いは、あなたの回廊からの離脱でしたが」


「下りれば失格の勝負ですもの。回廊外は奈落の覚悟で、臨んでおります。クスッ」


「その矜持が、突撃による相殺を生んだのですか。フィルル・フォーフルール、わたしにはもう師がいるゆえ、あなたに尊敬の念は抱けません。代わりに、生涯初めてのライバル心を捧げます。そして……次はもう、防げません。剣圧を稼ぐだけの、ダッシュの距離が足りませんので」


 回廊上を大きく後退したフィルルは、紅軍側の旗近くへ追いやられた格好。

 敵軍の旗を越えての移動は失格となるため、フィルルにはもうあとがない。

 ステラが立つ正面以外の三方は、すべて奈落──。

 まるでその身を支えるかのように、リムルシャが跳躍で後退し、背中を合わせた──。



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⬜⬛⬜⬜⬜⬛⬜

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⬜⬛⬜⬜⬜⬛⬜

⬜🟣🟠🟢⬛🔵⬜

⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜

⬜⬜⬜🟡⬜⬜⬜


🟥……紅軍初期位置

🟦……蒼軍初期位置

🟠……ルシャ(リムに変装)

🟣……セリ

🔵……ステラ

🟢……フィルル

🟡……エルゼル(試験官)



「……おい、旗色悪そうだな」


「リムさんこそ……。先ほどより、ずいぶんと後退しているのではありませんの? 焦りで言葉遣いも荒れてるご様子」


「ちげーよ。おまえにアドバイスに来たんだ。さっさとオレたちのタイマンの場にしたいからな。あの回転斬りの攻略法、教えてやるよ」


「……えっ?」


「ありゃあ、オレたちの師匠が攻略済みなんだ。聞きたいだろ?」


「フフッ……なにかと思えば。アドバイスとは、わたくしもずいぶんと、安く見られたものですわ。あの回転斬りならば、既に攻略の糸口を掴んでいます」


「えっ……マジかよ!?」


「そのために……。その剣、しばしお借りしますわっ!」


「あっ……おい!」


 不意を突いて、リムルシャの手から剣を奪い取ったフィルル。

 水を得た魚のようにほくそ笑み、双剣を固く握りしめて左右に広げる。


「フフッ……! やはりわたくしは、双剣でなければ締まりませんね。さて……大変申し訳ありませんが、リムさんとセリさんは、一時休戦して下がってくださいな。わたくしとステラの戦いは、次の一撃で必ず決まります。その後、存分に再開を!」


「あ、ああ……」


 手ぶらになってしまったルシャは、いかにも手持ち無沙汰といった様子で両掌をパタパタさせながら、蒼軍側へ移動。

 セリも押される形で、剣を収めて下がる。

 それを確認したフィルルは、クス……っと笑って、顔をエルゼルへと向けた。


「申し訳ありませんが團長様。あと2足分、下がっていただけないでしょうか? いまの立ち位置は、わたくしの間合いの内ですので……」


「なにっ……!? 刃がここまで、届くというのかっ!? 信じられんっ!?」


「でしたら、そのままでも結構……クスッ。忠告はしましたわ」


(ぬうううぅ……。ステラに追いこまれている分際で、なんと尊大な……。しかしこいつは、これまで一癖も二癖も見せてきた女……。まさか……も、ありうる)


 エルゼルは腹立たしさを抑えながら、念のため3歩後退。

 それを見たフィルルは正面……ステラを向き、両足を肩幅に開く。

 両腕を掲げてから両肘を曲げ、双剣の切っ先を頭上へと運ぶ。

 それから全身の関節という関節を、ギチギチと限界まで縮め始める──。

 従者の見学エリアで、フィルルの従者のメイドが叫ぶ──。


「ああっ……! お嬢様の……あの構えは──!」

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