第062話 双胴戦艦

 ──午後6時。


 浴場の利用開始時刻。

 リムは順番待ちの列の先頭に立ち、利用開始とともに洗い場に腰を下ろす。

 急ぎつつも丁寧に髪と体を洗い終え、固く搾ったタオルを頭に載せ、入湯。

 しばしば髪を拭き上げつつ、肩まで浸かって一日の疲れを取る。

 リムたちチームとんこつは、同じ顔で3人が入湯せねばならないので、一人当たりの時間を短くし、かつ間隔を空ける必要があった。


(このあと、わたしと同じ顔のラネットとルシャさんも入るので、長居は無用ですが……。やはり5分くらいは、湯船にしっかり浸かりたいですね……)


 リムは満足気に「ふぅ……」と吐息を漏らし、瞳をつむろうとする。

 その瞬間、瞳の端に褐色の肌が映り込み、それがリムの瞼を押し上げた。


(……でかっ!)


 リムのすぐ隣で湯に浸かった、褐色肌の豊満な少女。

 柔肉を存分に蓄えつつも、芯の筋肉がしっかりとそれを吸着している脹脛と太腿。

 豊満なヒップの上に据えられた腰は、対比で異常に細く見える。

 そして、リムがめいいっぱい掌を広げても収めきれないであろう、たわわな乳房。

 それが湯に沈むと同時に、大きな波とうねりが生じ、リムの上半身を傾けた。

 謎の対抗心で波に耐えるリムは、首を曲げて、その恵体の所有者の顔を見る。

 肉感的なボディーに反し、頬はすらりと細く、顎も形よく尖る。

 クリーム色のウェービーヘアーをタオルで巻き上げ、額を見せた様は大人っぽいが、瞳は丸くあどけなく、唇も思春期ならではの血色の良さとみずみずしさを持つ。


(あっと……。この人、見覚えが……)


 リムは記憶を引き出しやすくするべく、視線を水面下へ向け、巨乳をガン見。

 その褐色の少女を思いだすには、顔より規格外のバストがきっかけに適した。


(ぼよんぼよんぼよん…………そうっ! 登城の前! 海軍の水兵服で登城して、試験官さんに怒鳴られた人! 名前は……ええと、そこまでは記憶に……)


 少女のことを思いだしたリムだが、目は二つの乳房に釘づけのまま。

 自身の2倍、ないし3倍はあろうかという隆起に、興味は募る一方。


(ここまで大きいのは、初めて見ます……。大きい乳房は、垂れたり形が崩れやすかったり……と言われますが、彼女のはしっかり張りがあって、乳頭も水平に……。いえ、むしろ少し上向いているくらい。固そうではありますが、お湯に揺られてふるふると揺れて、柔らかそうでもあります。いったいどういう感触な……)


「わたしの胸、気になるです?」


「……はっ!?」


 気がつくとリムは、臆面もなく顔を寄せて、乳房を間近で観察していた。

 脱衣所で眼鏡を外していたゆえに、よく見ようよく見ようと、無意識に顔を寄せていた。

 顎の先を湯に浸けるまで顔を寄せておきながら、「気にならない」は通らない。


「アハッ……アハハハッ! は、はい。あまりにご立派なので、ついつい見入ってしまいました! その……悪気はないんですっ! すみませんっ!」


 リムは少しずつ顔を離しながら、頬肉をひきつらせて、ひたすら苦笑い。

 褐色の少女はその苦笑に、瞳を閉じて大口を開けた、ナチュラルな笑みを返す。


「問題ないです! このバスト、わたしの自慢の双胴戦艦です!」


 少女が両脇から両乳房を抱え上げ、上半分を浮上させて、ギュッと連結させる。


「そうどう……せんかん? はい?」


「戦艦を2隻並べて、合体させたものです! カッコいいです! ロマンです!」


「は、はあ……。わたし海軍には疎いので、そのようなものがあるとは、知りませんでした……。アハハハ……」


「いえ、ないです! 双胴戦艦は、お話の中の創りものです! だからロマンです! 海兵さんに言ったら笑われるです! アハハッ♪」


 ずるっ。

 苦笑からの気抜けでリムは、浴槽の底でヒップを滑らせ、鼻の頭まで水没。

 しかし屈託なく笑う褐色の少女を見て、これが天真爛漫というものなんだと感心。

 だれでも笑って受け入れそうな少女と、打算抜きで仲良くなりたいと思った。


「あの……。わたし、リム・デックスと言います。あなたのことは麓でお見かけして覚えているのですが、お名前を失念しまして……。確認させてもらって、よろしいでしょうか?」


「はいです! ディーナ・デルダイン! ディーナです! よろしくです、リム!」


「あ、はいっ! こちらこそ!」


 陽気に笑うディーナに、自然な笑みを返すリム。

 あっさりとディーナに受け入れられ、胸に湧き上がる安堵と歓喜。

 それにつられて、先ほどまで抱えていた好奇心が沸騰する。


(どうしよう……。こういう質問、失礼ですよね。ディーナさん、楽しそうに話しているけれど、実はコンプレックス持ってるかもしれないし……。でも、でも……こんな立派な胸に出会えるの、人生で二度とないかも! ここで……ここで聞かないと!)


 リムは生唾を飲んで意を決し、あたかも意中の異性へ告白するかのように、緊張と胸の高まりをもって質問を口にする。


「あ、あの……。どうすればディーナさんみたいに、胸、大きくなれますか?」


 ──ぴたっ。


 リムの質問が、浴場内の時を止めた。

 湯をかけ流す音、タオルで体をこする音、湯船を波打たせる音。

 そのすべてが止まり、周囲が無音となる。

 だれも口には出さねど、ディーナの恵体をうらやましく思い、ことさらその胸の発育過程に興味津々だった。

 場の一同皆、聞き耳を立て、ディーナの返答を待った。

 ディーナは一瞬きょとんと目を丸めたのち、口角を上げたドヤ顔で語りだす。


「……このバストですか? これは、海が育んでくれたものですっ! 船上で波に体幹を鍛えられ……。遠泳で海流と戦い……。そして、低カロリー低タンパク質の海産物……。それらがこの胸を、育んでくれたですっ!」


 ディーナが上半身を湯船から上げ、腰の両脇に手を当てて胸を張る。

 ふたつの巨肉の塊がぶるんと揺れ、リムの顔へぴしぴしと飛沫を飛ばした。

 耳だけをディーナへ向けていた場の一同は、いつしか顔を傾けて、ディーナご自慢のバストを凝視していた。


((((海……海軍か。陸軍を志望したのは、早まったかも……))))


 一同の頭にそんな思惑がよぎる中、ディーナが目を細めてニコっと笑う。


「……というのは冗談です。勝手に大きくなったので、アドバイスできないです。アハハハハハハッ!」


 ──ビシャバシャズルッドボッゴッ!


 静寂の浴場内に、一気に雑音が響き渡った。

 再び鼻の頭まで水没したリムも音を立てた一人だったが、ディーナの笑いにつられて、水面にごぼごぼと泡を立てながら、心から笑った。

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