君が彩るブバルディア

酢豚帝国

再章 赤と白はブバルディアに咲く

0.『桜間爽』

 長い夢を見ていた。…ような気がした。


 目を覚ませば、俺は病院にいた。

 恐ろしくなるほどの静寂。狭い病室。その部屋に俺以外の人間はいなかった。

 

 突如、心電図モニターの音が静寂を切り裂いた。

 最初は混乱したが、すぐに、さっきまで自分の耳が働いていなかったということに気付き、俺は冷静になった。

 自分の体を見れば、体中に管が付き、見るに無残な姿。なぜだか、可笑しかった。


 しばらくして、俺は状況確認を始めた。

 耳は聞こえた。触覚も、視覚も、嗅覚も、四肢も、全てあった。味覚も、なんとなくあるように感じた。喉を使えば、ガラガラ声が出た。感情もあったし、考えることだってできた。多分、しばらくすれば体も動くようになるだろう。


 そして。 


 俺の名前は──。


「……サクラマ…アキラ…」


 なぜか、唐突に、その名前が口から出てきた。

 ガラガラ声で放ったその名前は、なぜか馴染み深くて。


「そうだ…俺の名前は…サクラマアキラ…だ…」


 そう。桜間爽。『爽』と書いて『アキラ』。に産み落とされた瞬間、俺が享受したもの。間違いなく俺の名前だった。

 そして、俺は──。


「………あれ…?」


 そう、俺の名前は桜間爽。桜間爽なんだ。そして、両親の名前は──。


「え…?…あれ…?なんで……?」


 分からない。思い出せない。両親の名前も、その顔も。

 桜間爽の、その先が出てこない。桜間爽がどんな人間で、どんな軌跡を築いてきたのか。

 自分のことが、分からない。全く。


「なんだよ…それ…なんでだよ…」


 まともに出ない声を振り絞って、自分の感情を外に出す。そうでもしていなければ、自分の存在が分からなくなりそうだったから。

 

 なにか、大切な記憶があったような気がする。なのに。なのに。


「なにも…」


 なにも、思い出せない。


 俺は、『桜間爽』という名前以外の記憶を、全て失った。

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