Ⅱ.幕間(1)
カァーーーン、カァーーーン……。
がれきの彼方から、鐘の音が響いてくる。
その音に一瞬気を持って行かれたエクスは、すぐさま周りを見渡し、這いずって移動し始めた。
そして、斬り落とされた自分の片足までたどり着き、ポケットから小さな鈴を二つ取り出す。
紐でつながれた鈴を、互いに打ち付け合うように鳴らした。
目の前の地面に現れる魔法陣。
そこへ手を突っ込んで、あっさりと引き抜く。
その手につかんでいるのは、道具箱のような箱だった。
炭素繊維強化複合材製の箱を開け、中から携帯レーザーメスに自律充電式ドリルドライバー、疑似骨材、人工筋肉繊維、縫合用の針と糸を手早く取り出す。
合成血液や麻酔、強心剤の類は、とうの昔に使い切った。
鈴は光が絶えた世界の半妖精の大魔導師が、医療キットは科学技術で半不死化に成功した浮遊大陸の闇医者が、それぞれ果てた時に生成された『奇蹟』だ。
使い勝手がよいので、エクスは重宝していた。
しかし、屍を3桁ほど量産したシリアルキラーの無念の具現化が医療キットとは、皮肉なものである。
死の薄れた世界で、いや、だからこそ余程死に焦がれたのだろうか。
鐘の音が響くごとに周囲のがれきが浮かび上がり、あるべきところへゆっくりと集まっていく。
出血で目もかなり霞んできた。
時間がない。
斬り落とされた片足を取り上げ、切断面を無造作にレーザーメスで切り開き、骨を露出させる。
それから、ナイフのケースを口にくわえて噛みしめた。
強く、思い切り。
レーザーメスを自分の側の切断面に当てる。
エクスの顔が険しくなる。
その顔に鮮血が飛び散った。
同様に切り開いて骨を露出、露出させた骨と骨を合わせ、ドリルドライバーのドリルモードで凹凸に削り、疑似骨材を接着剤代わりにしてはめ込む。
そしてドライバーモードに切り替え、ネジを埋め込んで固定。続けざまに筋肉も人工筋肉繊維でつなぎ、血管や神経もざっくりとつないで、雑巾でも縫うように傷口を縫合。
ここでようやく手を止め、ケースを吐き出して後ろへと倒れ込む。
荒い息を意識して整えようとするエクス。
ここまで、ものの数分で完了。
手術の有様ではない。これはもう日曜大工だ。それも、かなり雑な。
だが、これで十分だった。
エクスが周りを見渡すと、大半のがれきが宙を泳ぎ、元の姿へ帰ろうとしている。
再現率は概ね50%といったところか。
間に合った。
血と脂汗を袖で拭いつつ大きく深呼吸し、エクスは目を閉じた。
コツは、自分を生き物と思わないことだ。
この街はあの鐘の音とともに元の状態へと復元される。修復ではなく、元に戻るのだ。倒壊したビルが、大穴を穿たれた道が、焼き払われた全てが。
ただし、生物を除いて。
したがって、エクスは自分を生物と認識しないで、自分を人形、器物として認識する、強力な自己暗示をかけるのだ。
生物と非生物とを認識するのはこの街、『箱庭』システム。
そして自分も『箱庭』の構成要素であり、つまりはその一部。
そうして、エクスはシステムに干渉する。
塵ほどの迷いがあれば実現はしない。そもそも、実現する方がデタラメなことだ。
いくらエクスがこの街とともに在る、つながっているとは言えども。
だが、エクスはそうしてきた。
カァーーーン。
最後を告げる鐘の音。
エクスは目を開ける。
街は元に戻っていた。見慣れた、元通りの廃墟の姿に。
そして、自身の足に目を落とす。
軽く撫でる。
つながっていた。
立ち上がって、軽く踏みしめてみるエクス。
強度も問題ない。元々デタラメなやり方だから、ちゃんと『補強』しておかないと中途半端なつながり方になりかねないのだ。
そのためにわざわざ手術もどきでつないでおいたのである。
安堵のため息を吐き、箱の中に器具を仕舞って鈴を鳴らす。
また魔法陣が浮かんで、その中に箱が沈んでいった。
ドスン。
同時に響く落下音。
エクスが振り返ると、コンクリートブロックが砕けていた。
見上げると、ビルの一角が少し欠けている。
エクスが眉をひそめる。
わずかな綻び。この街の、いや、この『箱庭』という時空間の。
再現され切らなくなっている。以前は100%だったものが、いつの頃からか徐々に、本当に少しずつ、完全には戻らなくなってきている。
その結果がこの滅びた街の風景、元々は普通の街並みだったのだ。
ただ、誰もいない、というだけの。
落ちた破片をにらんでから、竜帝がいたところへ足を進めるエクス。
そこにあったのは、一欠片の牙だった。
今回の『奇蹟』だ。
「竜帝の牙、か」
効果は呪い。どのような護りの効果であろうとも、それが神秘の加護であっても超科学の防衛フィールドであっても、その効果をことごとく無効化する。
竜帝の怨嗟の声が聞こえてきそうだ。
ただし、直接触れなければ効果はないし、牙自体はただの牙に過ぎない。
並外れた高密度高強度とはいえ、所詮はカルシウムの塊だ。他に何の力も無い。
ただ、牙を突き立てたかった。その一念の『奇蹟』
うなだれるように、無念を拾うエクス。
その耳が、続いて、足音を拾った。
(続く)
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