この世で最も遠い遠距離恋愛
明原星和
前編
私と彼は今、この世で最も遠い遠距離恋愛をしている。
確証はないけど、たぶん世界中で私たちだけなんじゃないのかな。
そして今日。私と彼は、久しぶりに外へご飯を食べに行くことになった。
「よし!」
私は化粧を終えると、玄関へ行ってヒールが少し高めのハイヒールを取り出す。
藍色のドレスを身に纏った私は、ハイヒールを履くと玄関の扉を開け、待ち合わせしてある高級レストランへと向かった。
* * *
時刻は夜の七時頃。
春だというのに外は少し肌寒く、ドレスの上に何か羽織ってくればよかったと今頃後悔する。
待ち合わせ場所のレストランの前まで行くと、そこには彼の姿があった。
「ごめん
「ううん。全然大丈夫だよ、
黒いスーツ姿の卓は、両手を小さく横に振りながら優しい言葉をかけてくれる。
「それより……うん! 今日もとっても魅力的だね、美香」
「えへへ。卓もいつも通りかっこいいよ」
気合を入れて準備してきたかいがあった。やっぱり卓に褒められるのは何よりも嬉しいなぁ。
「ありがとう。じゃ、行こうか」
卓は照れくさそうに返事をすると、そのままレストランの入り口に向かっていった。
私も卓に続いてレストランに入る。
「お待ちしておりました。
店に入ると、男性スタッフが私の苗字を呼び、席へと案内をしてくれた。
私は案内された窓際の席に座り、卓も私の向かい側の席に座る。
席に座った卓の顔は、とっても嬉しそうだった。
何でも卓は、私をいつかこのレストランに連れていきたいとずっと思っていたらしい。
そして今日ついに、こうして私をこのレストランに連れていくことができて嬉しかったんだろう。
私はメニューを開き、頼む料理を決めるとメニューを閉じて店員と目を合わせる。
それを確認した店員が注文を尋ねに来て、私は注文を伝える。
それを聞いた店員は一礼すると、店の奥に消えていった。
「ごめんね。私だけ贅沢しちゃって」
「何言ってるんだ。ここに連れてきた目的は美香にここの料理を堪能してもらうことだからね。僕に遠慮せずに、むしろ僕の分もいっぱい食べてくれると嬉しいな」
優しく微笑みながら、卓はそう言ってくれた。
卓は昔から優しい。
困ってる人は誰でも見過ごせない性格だし、助けを求めたら絶対に手を差し伸べてくれる。
卓は昔から優しすぎる。
優しすぎるからこそ、私たちはこの世で最も遠い遠距離恋愛をすることになったんだ。
「お待たせいたしました」
しばらくすると、店員が頼んだ料理を運んできてくれた。
私は昨日ネットで学んだ食事の際のマナーをフル活用して、丁寧に料理を口に運んだ。
「ん! おいしい!」
「でしょ! 僕的にこの店はここら一帯で一番うまい店だと思うんだよね」
料理を食べる私の姿を卓は嬉しそうに見つめる。
そして拓とは違う方向から視線を感じた私は、視線を感じた方を確認すると一人の男性スタッフが私のことをじっと見つめていた。
「……あの店員、さっきから美香の方ばかり見てるな。まさかタイプだったりして」
卓は少しふざけた口調で笑いながら言う。
「やめてよ~。もし本当にそうだったらどうするの?」
「大丈夫だよ。もし美香に何かちょっかいを出そうとしたら、その時は僕が止めるから」
周りのお客さんの迷惑にならないように私たちは小声で会話をする。
「そういえば、私たちが初めて会った時も……」
先ほどの卓の言葉を聞いて、私は二人が出会った時のことを思い出した。
あれは中学二年生の修学旅行での出来事。
私のいるグループが京都観光をしている時、偶然居合わせた別の中学の男子グループに私たちはしつこく迫られていた。
何度断っても迫ってくる男子グループに困っていたところを助けてくれたのが卓だった。
「あの時は本当に助かったよ」
「俺の学校の人が他校の人に迷惑かけてるのが偶然見えたから。あの時は穏便に解決することができてよかったよ」
「本当! 今思い出してもムカつくわ、あの男子たち!」
「まぁまぁ、あの出来事が無かったら今僕たちがこうして一緒にいることはなかったかもなんだし」
怒る私を卓はなだめるように優しいトーンで話す。
「そうね。今となっては感謝してる」
ふくれっ面で怒りを収めた私は、二人の出会いの話を続けた。
「でも、まさかあの後高校で再開することになるなんて思ってもいなかったね」
中学の修学旅行で助けられて以来、私は卓のことを忘れられないでいた。
当時は名前も知らなかった卓のことをひたすらに想い続け、いつしか中学を卒業し新しく高校生活を始める時期になっていた。
高校の入学式。
これから始まる新たな学校生活に緊張しつつ校門を通ろうとしたその時。
地面のちょっとしたくぼみに引っかかって転びそうになった私を支えてくれたのが、高校生になった卓だった。
「あの時は二人して大声で『あ――‼』って叫んだよね」
「でも、卓が私のことを覚えててくれたのはビックリしたなぁ」
「まぁ、あの出来事は結構記憶に残ってたし……実を言うと、僕も美香のことを忘れられなかったというか……」
初めて聞いた卓のカミングアウトに思わず大声を出して驚きそうになったけど、何とか口を押さえてこらえる。
それから私たちはいっぱい思い出話をした。
高校一年の文化祭で、屋上で卓に告白されたこと。
その年のクリスマスにデートをする約束だったけど、卓が風邪を引いちゃって私が卓の家まで行って看病しながら一緒にクリスマスを過ごしたこと。
高校二年の体育祭の代表リレーで、卓が大逆転をして私が卓に惚れ直したこと。
その年のバレンタインで、卓とファーストキスをしたこと。
高校三年の卒業式の後、クラスのみんなで盛大に打ち上げをしたこと。
打ち上げの後、私の初めてを卓に捧げたこと。
一緒の大学に通って、その時から同居も始めたこと。
大学を卒業してからも、ずっと一緒に時間を過ごしたこと。
卓と過ごした時間。全部ぜーんぶが大切な思い出。
思い出話をしながら、私はテーブルに置いてある料理を丁寧に口へと運んだ。
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