第6話

タイニー歴756年。(ヒカリが現れる2年ほど前。)



 グラーヴ公爵家の廊下を侍女のリコは走っている。


「旦那様~!大変です。お、お嬢様に!!!」


そう言って執務室の扉をバンッと開き、息を切らしながら入ってきた。


「これ、リコ。旦那様の執務室だぞ。マナーを忘れたのか」


父の執事であるセバスチャンがまたかと言わんばかりにリコを咎める。


「セバス、よい。リコ、そんなに息を切らしてどうしたのだ?アレットがどうかしたのか」


リコは息を整えながら大声で答えた。


「お、お嬢様の手に、勇者紋が浮かび上がりました!」


リコのその言葉にセバスチャンも父エリクも驚き、固まった。まさかと。


「旦那様!早くっ、お嬢様の所へ」


エリクもセバスチャンも執務を止めてリコの後に続き、走る様にサロンへ向かった。


「アレット!無事か!?」


部屋へ飛び込むように入ってきた父達。


「え、ええっ。お父様、私は無事ですわ」


母を支えながらそう答える私。


 私の名はアレット・グラーヴ。今年で18歳。家族は父のエリク・グラーヴ公爵、母のコラリーと兄のクリストフ。ホルン王国第一王子のオディロン様が私の婚約者。彼と私は女神の絆で結ばれている。


 女神の絆とはこの世界の全ての人は女神によって必ず誰かと絆が結ばれている。滅多にその絆で結ばれた者達が出会う事がないため、人々は好ましい人と思える人と結婚することの方が多い。


まして貴族になると政治的な事も絡み合うため政略結婚も少なくない。だが、女神の絆の相手に会うとお互いにすぐに分かるらしい。そして絆を持つ者同士は惹かれ合い、お互いの足りない部分を補完しあうらしく生涯幸せに暮らせるらしい。


アレットとオディロン殿下は女神の絆だと判明したのは初めて会ったお茶会の席での事。オディロン殿下はアレットを見つけ、


「女神の絆は本当にあるんだね。僕のお嫁さん」


そう言って微笑みながら手を差し出した。お茶会は途端に色めき立ち、その場にいた令嬢や夫人達は大騒ぎとなった。


 後日神殿の女神像に確認すると2人は光で包まれて女神の絆だと確認されたのだ。アレットは公爵令嬢のため身分も家柄も問題なく婚約者に認められた。


アレットは家族の愛に包まれ、婚約者とも仲睦まじく過ごしており、誰もが羨む2人であった。幸せに包まれた結婚式まであと半年となった時の事だった。





 その日は母とサロンでお茶をする事になり、侍女のリコがお茶を淹れ、私がカップに手を伸ばした瞬間だった。急に手の甲が光ったかと思うと紋章が浮かび上がった。


「これ、は。勇者の紋だわ」


勇者の紋。


紋章の話は御伽噺のように語り継がれているので知っているがまさか自分の身に起こるとは思ってもみなかった。


 私は今まで公爵令嬢として生きてきたし、王太子の婚約者として過ごしてきたのでもちろん剣なんて持った事などない。


母は光る紋章を見てあまりのショックで意識を失ってしまったわ。倒れる母を母の侍女と一緒に支え、リコに助けを呼ぶように指示をする。私は母を支えながら勇者紋に目を向けていると、リコが父達を連れて部屋に入ってきた。


父達の心配を他所に紋章の光はスッと消えて淡い水色の勇者紋だけが手の甲に刻まれている。紋章を触ってみるが特に変化は無いようだ。紋が現れたという事は。


「… お父様」


私の声は震え、頬に伝わる涙を止める事が出来なかった。父もこれから待ち受けている出来事が重く苦しいものになる事を悟り、涙を流している。


「… アレット、王城へ向かおう」


母は少ししてから気を取り戻したが、セバスチャン達に連れられて自室に戻り、私と父は王城へ先触れを出した後、馬車を走らせた。

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