第2話 冒険者


 冒険者ギルド。

 ココは普段から賑わっている。

 冒険を終えて酒を呷る者、飲み屋の様に使っている者。

 それこそ様々だが、基本的にいつも人が多い。

 そして私達受付嬢もまた、忙しい。

 だからいつもカウンターには張り付いている訳だが、兎に角仕事が多いのだ。

 依頼の受付、書類の作成。

 クエスト掲載に受注、新人へのアドバイス。

 更には達成報告や、証拠部位の確認等。

 本当に忙しい。

 そんな中、冒険者からナンパ等されてみろ。

 笑顔を浮かべながら額に青筋が浮かぶ程だ。


 「つ、疲れた……」


 思わずカウンターに身を預けてみれば、先輩からベシッとチョップを頂いてしまった。


 「コラ、シャキッとする。私達は命を掛けて仕事をする“彼等”のサポーターでもあるんだからね?」


 分かっている、分かってはいるのだが……。

 何というかこう、“ダレる”瞬間があると言うモノだ。


 「だって先輩、今日なんか仕事の話よりナンパを断った人の方が多いくらいですよ? 流石にダレますって……」


 「若い内は仕方ないわよ。それだけモテているって思って、頑張んなさい」


 厳しい言葉を残す先輩は、さっさと書類整理に移ってしまった。

 あぁもう、少しくらい愚痴に付き合ってくれても良いのに。

 大きなため息を溢しながら、改めて正面を向き直った時。

 ソレはやって来た。

 冒険者ギルドの扉を押し開き、その先から現れた大男。

 二メートル以上ありそうな身長に、広い肩。

 武骨な鎧に身を包み、背中には彼の巨体からも刀身がはみ出して見える程の大剣。

 ドシドシと重い足音を立てながら、彼は真っすぐにカウンターへと歩み寄って来た。

 周りに居た冒険者は自然と道を開け、者によっては必死に眼を逸らしている。

 普段アレだけ武勇伝を語ったり、冒険者同士でやんややんやと罵詈雑言を吐き合っている様な連中が。

 その存在見て、誰もが縮み上がっている御様子。

 それくらいに迫力があった、強者の雰囲気を放っていた。

 やがて彼は私の目の前に立ち止まり、ジッとこちらを見下ろして来る。


 「い、いらっしゃいませ……本日は、その。どのようなご用件で……?」


 間違いなくこの街の冒険者じゃない。

 国の兵士やどこかの騎士という事も無いだろう、鎧が武骨過ぎる。

 だとすれば他所の国からやって来た冒険者?

 この国には今、勇者一行が居る。

 だからこそ、他所から冒険者達が流れて来てもおかしくはない。

 だが彼からは、そういった観光的な雰囲気をまるで感じないのだ。

 そして何より、怖い。

 こうも近くに立たれると、滅茶苦茶怖い。

 冷や汗を流しながら、彼が口を開くまでジッとその身を石の様に固めていれば。


 「あの、冒険者登録、お願いします。初めてです」


 やけに小さい声で、ポソッとそんな事を呟いた。


 「え?」


 聞き間違い? なんて思ってしまう程、見た目と合わない小さな声。

 よく見ればちょっとソワソワしているかのように、体をモジモジと動かしている様にも見える。


 「も、もしかして年齢制限とかありますか? 今年で三十五になるんですけど」


 「い、いえ。そういうのは特に……」


 相変わらず小さな声で、少しだけ慌てた様子を見せる大男。

 年齢制限が無い事を伝えれば、大袈裟に安堵した息を吐いている。

 もしかして、見た目に似合わず結構小心者?

 だとするとちょっと、冒険者には向かない可能性まであるが。


 「では、こちらの書類に記入を。それから――」


 落ち着かない様子の彼に必要書類を並べ、色々と説明していけば。

 冒険者になろうとしている者としては珍しく、注意事項や注意点など細々とした所までしっかりと聞いている御様子。

 たまにメモを取ったり、分からない箇所は質問してきたりと、かなり几帳面な性格だという事が分かる。

 見た目は物凄くゴツイのに、違和感が凄い。


 「では、説明は以上となります。後はクエストボートから依頼を選んでいただく事になりますが、他に何かご質問はございますか?」


 「俺が現在受けられる依頼は最低ランクのモノだけ、ですよね。わかりました、問題ありません」


 そう言って彼は登録費をカウンターにおいて、意気揚々と依頼が張り出されている掲示板へと向かって行った。

 その手に、最低ランクのプレートを握りしめて。


 「ほんと、何なんだろうあの人……」


 思わずそう呟いてしまうくらいには、変な人。

 記入された書類に目を落としてみれば、名前はドレイク・ミラーと言うらしい。

 冒険者は本当に初めてみたいだし、態度もやけに丁寧。

 最後まで兜を取ろうとしなかった事から、何かしら訳ありなのかもしれないが。

 そんな彼は周りの冒険者に距離を置かれながらも、ウキウキした様子で一枚の依頼書を持ってカウンターへと戻ってくるのであった。

 しかも、薬草等の採取依頼。

 腕に自信があったり、夢見がちな若者などは、最初は大抵討伐系の依頼を選ぶ。

 むしろそれくらいの勢いがないと、やっていけない職業だとも言える訳なのだが。

 果たして彼は実力を隠した強者なのか、それとも体が大きいだけの小心者なのか。

 今の段階では、何とも評価しづらい人物なのであった。


 ――――


 「これぞ冒険者って感じ、まさに何でも屋だ」


 冒険者登録を済ませた後、すぐさま街の外へと飛び出した。

 目的は傷薬の原料となる薬草の採取。

 非常に新人向けの依頼と言えるだろうが、文字通り俺は新人冒険者なのだ。

 地道にコツコツと、段々と評価してもらう為にはこういう仕事だって大切だろう。

 それにランクとして目に見える形の評価があるのは面白い。

 しっかりと上を目指そうという向上心も湧いて来る。


 「普通の仕事じゃ、なかなかこういう仕組みもないもんなぁ」


 ボヤキながら森の奥へと踏み込んでいき、そこら中から薬草を摘んでいく。

 依頼にあった薬草は一種類だけだったが、他の物も摘んで行けば評価に繋がるかもしれない。

 もし違ったとしても買い取り、それも駄目だった場合は自分で使えば良いだけの事。

 国から報酬として貰った大金もあるので、金には困っていない。

 普通の冒険者と違い、名を上げたい、一攫千金を狙うという目標も特にない。

 なのでまったりゆったり、冒険者活動をしてみようと思う。

 今までの経験もあって、仕事がないというのは落ち着かないので可能な限り毎日働こうと決めていた。

 長い時間を掛けながら、コツコツ働いてゆっくりと冒険者のランクを上げよう。

 それはそれで、楽しそうだ。


 「調薬なんかも教わっておいて良かった。やっぱりパーティの皆からは、学ぶ事が多かったな」


 今では別れてしまった仲間達に感謝しながら、様々な薬草を腰袋に放り込む。

 鼻歌を歌いながら、魔獣の住まう森の中を散歩でもするかの様な気軽さで。


 「おっ、光り椎茸。こんな物まで街の近くにあるのか」


 見た目はちょっとだけ大きめな椎茸、しかしコイツは夜になると本当の姿を現す。

 傘の下が緑色に光るのだ。

 ぼんやりと、とか言うレベルではなくペカーッ! という勢いで。

 そして何と、特殊な調理法をすると口の中が光る。

 野営中に「面白いモノを見せてやる」と言われ、急に魔術師の口内が光り始めた時は本当に驚いたモノだ。

 その後は皆で光り椎茸を食し、全員でビカビカしながら笑い合った。

 特に俺なんか、兜の隙間から緑色の光が漏れる為「首有りデュラハン」と名付けられてしまった程。

 最初の頃はあまり感情を表に出さなかった魔術師すら、腹を抱えて笑っていたのは良い思い出だ。


 「大変だったし、何度も死にかけたが……楽しかったなぁ」


 思い出に耽りながらひたすら採取を続けていると、あっという間に腰袋はいっぱいになってしまった。

 見た目よりずっと多くの物が入る“マジックバッグ”という高価な代物も持っているが、可能な限り使わない様にしようと決めていた。

 拘りという程でも無いが、新人があまり高級な物ばかり持っていても怪しまれる。

 それに何となく、この身一つで初めから冒険する様でワクワクしていたのだ。


 「一回街に帰るか……まだ日は落ちないが」


 こんなに早く終わってしまって良いのか。

 いや、今日は冒険者初日なのだ。

 こんなものなのかもしれない。

 もしあまりにも時間が出来てしまう様なら、午後は違う依頼を受けよう。

 そんな訳で、今来た道を戻り始める。


 「昼飯は街で食うかぁ」


 気の抜けた声を上げた後、のっしのっしと山道を歩いていく。

 これでも勇者達と一緒に旅をしたのだ、この程度の山歩きは何でもない。

 体力にも自信はあるし、ちょっとした魔法くらいなら使える。

 特に練習したのは、身体強化系。

 この魔法は、俺の戦闘スタイルと非常に相性が良い。

 今では馬車を使うより走った方が早いくらいだ。

 普段からそんなに全力疾走していたら、色々な所から怒られてしまいそうだが。

 とはいえこの装備のせいで、乗合馬車なんかにはとてもじゃないが乗せてもらえない。

 そんな訳で、山を越え森を抜け、街道を走る馬車を見送りながらのんびり歩く。

 今までの生活は何だったのかと言う程、ゆったりとした一日。

 こういうのも、悪くないかもしれない。

 うんうんと頷きながら、ギルドへと報告に向かうのであった。


 ――――


 「お疲れい、ドレイク。冒険者一日目はどうじゃった?」


 昔行きつけだった酒場へと足を踏みこめば、見慣れた狐耳を揺らしている顔馴染みが一名。

 そちらに向かいながら店員に酒を注文して、彼女の向かいに腰を下ろした。


 「そっちもお疲れ、ミサ。こっちは初日にしては上々って所だよ」


 それだけ言ってから、兜の留め具を外した。

 バイザーの様に兜の上半分が開くタイプなのだが、俺の物は下側も開く。

 傍から見れば兜の口が開き、中から中年の顎だけ見えている様な状態だろう。


 「あいっ変わらず外だとその食い方か、まぁもう慣れっこじゃが。それで? 今日はどんな依頼を受けたんじゃ?」


 顔を隠し続ける俺に対していつも通りの言葉を吐きながら、彼女はズイッと身を乗り出して来た。

 ミサ・ルートリヒ。

 狐の獣人であり、金髪の長い髪を揺らす俺の友人。

 こんな喋り方だが、そこは育ててくれた祖父譲り。

 年齢は俺よりもずっと下である。


 「薬草の採取だよ。新人が受けられる依頼はそこまで多くないからな」


 店員から酒を受け取って、グビリと一口頂いてからそんな事を呟けば。

 目の前に座る彼女は腹を抱えて笑い始めた。


 「お、おま、お前っ! その見た目で、そんな馬鹿デカイ鉄板担いで、草毟っとったんか!? あはははっ! 駄目だ、想像するだけで腹が痛い!」


 「草じゃなくて薬草な。いや、薬草も草か」


 草むしりみたいに言われると、雑草を集めて来たみたいで嫌なんだが。

 ムスッとしながらミサが頼んでいたツマミを勝手に拝借していると。


 「はぁぁ、全く。お前は相変わらず変わっとるな。討伐系の方が得意じゃろうに」


 未だ笑いが収まらないのか、目尻に涙を薄っすらと溜めながらそんな事を言われてしまった。

 確かに、討伐の方が得意と言えば得意なのだが。


 「でも薬草採取も悪くないぞ? 今日は色んな種類の薬草を集めて来たんだが、量が多いとか、状態の良い物が多かったって言われてな。この調子ならすぐに最低ランクからは抜けられそうだってさ」


 「それは何よりじゃ、いつまでもその銅色プレートを首から下げている様じゃ恰好が付かんからな」


 「ま、のんびりやるさ」


 そんな会話をしながら、俺達は酒を飲みかわした。

 冒険者活動一日目。

 可もなく不可もなくという成果だったが、それでも悪くないスタートだ。

 ちゃんと仕事をして、報酬を貰う。

 金には困っていなくとも、やはり遊び惚けるのは性に合わない。

 だから、明日からも働こう。

 我ながら難儀な性格をしているとは思うが、昔から貧乏暇なしとも言える生活を送って来たのだ。

 そして勇者達と旅をしている間は、それこそ気を休める時間の方が少なかった程。

 習慣とは中々抜けないモノという訳だ。

 さてさて、明日はどんな依頼を受けようか。

 なんて事を考えながら、俺達は夜遅くまで酒を楽しむのであった。


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