大剣使いの子供達

くろぬか

1章

第1話 英雄達の帰還


 とある国に、一つのパーティが帰還した。

 誰しもが彼らを祝福し、感謝の祈りを捧げた。

 彼らは“勇者パーティ”。

 勇者の称号を持つ青年をリーダーとし、魔王を討伐せしめた強者達。

 表面上の戦争は国に任せ、裏から魔人のトップを狩り取った。

 言い方を悪くすれば暗殺者、国の使いっぱしり。

 しかし彼らの活躍のお陰で、戦争が早急に幕を下ろしたのは言うまでもない。

 だからこそ、民は彼等を英雄と称えた。

 リーダーであり、選ばれた存在である“勇者”。

 彼を支え、最初から最後まで旅を共にした“聖女”。

 国の誇る魔法学校を主席で卒業し、彼らのパーティに志願した“魔術師”。

 そしていつから共にしていたのか、詳細を語られない謎の“剣士”。

 その四人が今、皆に称えられながら帰還した。

 旅立ちの時はもっと大勢で旅立ったはずだが、帰還したのはたったの四人。

 どれ程の激戦だったのか、語るまでも無く察する者は多かった。

 ある者は涙を流し、ある者は勝利に酔う。

 そんなお祭り騒ぎが始まり、改めて勇者一行の功績を語られる場所が設けられた。

 多くの民衆に囲まれ、彼らの武勇伝を活き活きと語る語り部の話に、民は皆目を輝かせた。

 語り部の背後には、微笑みを浮かべる王族と勇者パーティの“三人”。

 勇者、聖女、魔導士。

 一人、足りなかった。

 だがその事に声を上げる民は居ない。

 気にしてはいけない事情なのだろうと飲み込んで、誰しも気にしない様にして語り部の話に酔いしれた。

 やがて喝采が上がり、本格的なお祭り騒ぎが始まった頃。

 勇者パーティのもう一人、“剣士”は静かな工房で武具の完成を待っていた。

 全身に鎧を纏い、背中には武骨な大剣。

 まさに歴戦の戦士と言える風貌の彼は、やけに肩を縮めながらソワソワとその身を揺らす。

 その隣では、つまらなそうに顔を顰めた狐の獣人が座っていた。


 「ったく、お前さんがこんな所に居るというのに、アイツ等は今頃英雄だ何だと喝采を受けている頃か」


 ケッとつまらなそうに文句を垂れる狐耳を生やした美女は、テーブルの上をコツコツと爪で叩いていた。


 「そう言うなよ、俺が断ったんだから。ちゃんと金も貰ったし、こうして新しい武具まで作って貰えるんだ。文句はないよ」


 まぁまぁ、なんて声を掛けた瞬間。

 彼女の眉毛は吊り上がり、椅子を蹴っ飛ばす勢いで立ち上がった。


 「何を言っとるかボケ! お前は勇者一行の一人、英雄の一人なんじゃぞ!? なのになんじゃこの扱いは! 友人として悔しくて仕方ないぞ!」


 「あはは、ありがと。そう言ってくれるのは有難いけど、本当に良いんだ。俺は成り上がりだし、金の為に仕事をしただけだ。皆も最後まで引き留めてくれたけど、俺にはあぁいう場所は似合わないよ。それに、な。英雄だ何だと語られたら、色んな所で兜取らなきゃいけないし……」


 ポリポリと兜を搔きながら、“剣士”が声を上げてみれば。


 「不男じゃもんな、お前は。その後どうじゃ? 顔は少しくらいマシになったか?」


 「否定はしないけどもう少し言い方はないのか? コレでも気にしてるんだから……」


 そう言ってから兜を外した彼を見た瞬間、狐の獣人はニヤァっと口元を吊り上げた。


 「またちょっとおでこが後退したんじゃないか?」


 「そうなんだよ……ずっと兜被ってるからかな。勇者パーティの一員が、こんな冴えないおっさんじゃ恰好が付かないだろ? だから良いんだよ」


 なんて事を呟きながら再び兜を被り直した剣士の隣に、狐の獣人はニヤニヤしながら身を寄せて来た。


 「確かに勇者パーティは美男美女ばかりじゃからのぉ。そんな中、お前が居たら浮く。そりゃもう浮く。しかしそんな理由で仲間外れは良くないじゃろうに」


 「だから皆、最後まで誘ってくれたんだってば。そんな事気にする人は居ないって、そう言って。でもそんな訳ないだろ?」


 「ま、確かにな。鎧を着ていれば歴戦の剣士といえる大男、兜を脱いだら冴えないおっさん。違う意味で民からの注目は避けられんのぉ」


 「そんな訳で、俺は金だけ貰ってひっそりと生きるの。明日から冒険者でもやろうかなぁ」


 「あとその子供っぽい口調も止さんか。歳の割に言動が幼いぞお前は」


 「仕方ないじゃないか……ろくに友達居なかったんだから。お前か、パーティの皆くらいとしか、こんなに喋れる自信ないよ」


 巨体を小さくする剣士に対して獣人の女性は大きなため息を吐いた。

 どうしたものかと言わんばかりに、やれやれと肩を竦めて。


 「竜や魔王とさえ戦ったであろう最強の剣士が、まさかこんなにも小心者とは。流石に誰も思わんじゃろうなぁ」


 「うるっさいな、だから有名にはなりたくないんだよ。期待されるのとか、慣れてないし」


 「英雄の一人とは思えんな、全く」


 二人がそんな会話をしている内に、工房の奥から運び込まれてくる鎧と武器。

 何人もの鍛冶師が協力しながら、わっせわっせと運んで来るその様は、他者から見れば異様な光景だった事だろう。


 「しかし、コイツを担いで“普通の冒険者”を名乗るのは……ちょっと無理がある気がするがのぉ」


 「良いんだよ、ちょっとくらい異常な方が誰も話しかけてこないだろ? それに、何の付与も付いていない武器ならコレくらいが丁度良い」


 そう言いって男は新しい鎧を装備してから、渡された大剣を背負った。

 あまりにも馬鹿らしいと言える程の、鉄の塊。

 魔法の付与も無ければ、特殊な加工や工夫さえ施されていない。

 ただただ、分厚くて重いだけの剣。

 切れ味なんてろくに期待出来ない、それこそ平たい棍棒と言った方が良いかもしれない代物。

 彼が元々使っていた大剣に比べれば、質も性能も天と地程の差がありそうな使用者を選びすぎる欠陥品。

 そんな物を、彼は嬉しそうに背負うのであった。


 「名前を決めよ、不男。私が少しでもマシに見えるようにデザインしてやったダッサイ鉄の塊じゃ。せめて名前だけでも恰好の付くモノにするが良いさ」


 ニヤリと笑う獣人の女の前で、装備を一新した男が振り返った。

 ゴツイ全身鎧に、背中には馬鹿みたいな大剣。

 この姿を見て、気軽に絡もうとする奴はまず居ないだろう。

 そして何より勇者一行と共に帰って来た英雄の一人だとは、恐らく気づかない程度には武骨さを前面に主張していた。

 よく言えば強者、悪く言えば鎧を着たゴーレムの様な見た目になってしまっているのだから。


 「あぁ、決めたよ“ミサ”。コイツは、ブンブン丸だ」


 「却下じゃボケ、お前は相変わらずセンスの欠片も無いのぉ“ドレイク”。もう良い、鉄塊じゃ鉄塊。名は体を表す、そのままじゃ。お前のそのバカデカイ大剣は今日から“鉄塊てっかい”じゃ。良いな?」


 「鉄塊……ちょっと格好良すぎないか?」


 「名前くらい恰好つけろ! というか格好良くないわ! 鉄の塊と言われとるんじゃぞ!」


 散々叫ばれながら、彼は新しい相棒を手に刀身を眺めた。

 分厚くデカく、表面にはまるで石板の様な文字が描かれていた。

 コレが狐の獣人、ミサがデザインした……正確には依頼した“見てくれ”のみの加工。

 何の効果も無ければ、何の付与も無い。

 ソレっぽく文字を掘ったというだけの大剣。

 盾の様に構えれば全身が覆えそうな程大きく広がったソレは、遺跡から引っこ抜いた三角形の石板を無理矢理大剣に変えたかのような、ふざけた見た目。

 明らかに目立つ、目立つのだが。

 それゆえに、帰って来た最後の一人とは程遠い印象を植え付ける事が出来るであろう。

 多分。

 そんな物を改めて背中に戻し、男はフンスッとばかりに胸を張ってみせた。


 「ちょっとは冒険者っぽくなったか?」


 「いや、うん……そうな。なっていると良いな?」


 曖昧な笑みを浮かべる彼女は、明らかに視線を逸らしながら答えるのであった。

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