玄栖佳純

 今から800年以上前で、1000年には少し足りない頃の話。

 ボクは笛を吹くのが好だった。


 生まれて直ぐに源氏の棟梁だった父が亡くなり、母は公家の一条長成様のところへ再婚し、ボクは寺に預けられて、淋しさから吹いていたと、昔話では言われている。

 ほぼそれで合っている。


 でも笛を吹ける時間はあまりなくて、しかもピーピー音がするから人がいないところを探して吹いていた。そんな条件がそろうのは寒い夜が多く、月を眺めながら吹くのがボクのお気に入りの時間だった。


 吹き方を教えてくれる人もいないから自己流。

 耳に残っている音を自分の指で再現する。


 難しいことはできなかった。

 でも、綺麗な澄んだ音を出すようにしていた。


 夜空に響く透明な音。

 そうすると、嫌なことを忘れられた。



 だから、好きになった女の子に聴かせたのに。

 人に聴かせるなんて、めったにしていなくて、でも聞いた人は「上手だね」と言ってくれていた。


 きっと彼女もそう言ってくれると信じて疑っていなかった。

 鳥の雄は雌に好きになってもらえるようにさえずると聞く。


 そんな気持ちで笛を吹いたのだと思う。

『ボクのことを、好きになって』と。


 そしたら彼女は言った。

「ヘタクソ」って。


 仏頂面でたった一言。

 オブラートにまったく包まれていない言葉だった。


 でも、あんなに心に届く言葉はない。

「ヘタクソ」


 彼女は天さえ動かすほどの白拍子(男性の格好をして舞う人)で、京の都でも一番人気がある静御前。

 ボクは平家を滅ぼした源氏の総大将で飛ぶ鳥を落とす勢いの源九郎義経。


 調子に乗っていたのかもしれない。

 まさか、そんなことを言われるとは思っていなかった。


 皆にちやほやしてもらっていた頃。

 平家の世は終わり、京の都では源氏のことを悪く言う者もいたけれど、それを抑えられつつあった頃。


 小さい頃はまったくモテなったボクが、あっちこっちから妻候補がわらわらやってきた頃。信じられないくらいのモテ期だった。


「ヘタクソ」である「ヘタクソ」

 ボクの笛を聴いてたった一言。


「ヘタクソ」


 完全に嫌われていると思った。


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