メンヘラちゃんがヘラでもんじゃ焼きを作ってくれる話

志雄崎あおい

第1話

 俺は今学園一の美少女と名高い西園寺レイナともんじゃ焼きに来ていた。


 何で、学園一の美少女が俺みたいな冴えない奴と一緒にもんじゃ焼きに来ているのかって? それが俺が西園寺レイナの正体を知っている唯一の人間だからだ。


 この西園寺レイナという女。学園じゃ清楚系を装い猫を被っているが実は重度のメンヘラ女なのだ。


「あ、鈴木。どうしたの? 鉄板温まってきたよ。早く焼き土下座しなよ~」


 いや、誰がするか。可憐な花のような容姿から早くも意味不明な発言が飛び出す。軽い調子に冗談のように聞こえるかも知れないが、曖昧な態度を取っているとマジでやらされかねないので明確に否定しておく。

 ちなみに鈴木は俺の名前だ。


「今から豚さんに同じ事しようとしてるのに、鈴木はそれでいいの! 豚さんが可哀そうだと思わないの!?」


 いや、今からくる豚さんはもう豚バラ肉っていう焼かれるの専門の職業に転職してるからな。俺と一緒にされては困るのだが。


「ああ、可愛そうな豚さん。恨むなら一緒に焼かれてくれない鈴木を恨んでね」


 いや、そんなに可哀そうに思うなら西園寺が鉄板で焼き土下座をすればいいのでは?


「は? 何言ってんの?」


 それまで目に涙を溜めていた西園寺の顔から表情が消える。いやいや、急に無感情にならないでくれ怖いから。感情の切り替わりが激しいのもメンヘラの特徴なのだ。


 そうこうしていると、豚もんじゃが運ばれてくる。


「豚もんじゃ来た~。よし鈴木、さっさと豚を焼き殺すぞー」


 いや、だからもう死んでるからな。さっきまでの無表情が嘘のように西園寺の表情が喜色に満ちている。


 まあ、メンヘラってのはこんな生き物なわけだ。


「あ、鈴木には焼かせてあげないからね」


 そう言うと、西園寺は鉄板に置かれていた二本のヘラを二本とも取り上げる。


「やりたいって言ってもやらせてあげないからね」


 いや、やりたいとは一言も言っていないのだが。実は、こう見えても、と言ってもどう見るべきなのかわからないが西園寺はもんじゃ奉行なのだ。もんじゃ焼きを作る時は絶対に他人にヘラを渡さない。


「きっとこのお肉になった豚さんにも恋豚がいて将来を誓い合ってたはずなんだよ。そんな豚を鉄板で焼きながら粉々にするってどう思うよ鈴木」


 いや、どう思うと言われても。


「私はこの豚を鈴木と名付けるよ」


 まあ、勝手にしろよ。


「ああ、鈴木。こんな鉄板で焼かれて可哀そうに。私がおいしくしてあげるからね」


 西園寺はウルウルと目を潤ませながら、ガンガンとヘラを鉄板に叩きつけると鈴木と名付けた豚を始めとした食材を粉々に細かくしていく。


 ここで、もんじゃ焼きの作り方をおさらいしておこう。

 もんじゃ焼きとはヘラで粉々に砕いた食材で作った土手に小麦粉と出汁を合わせた汁をちょっとずつ流し込んでいき、最終的に緩く固めたものを小さなヘラで掬って食べる食べ物だ。


「は~い鈴木、沢山お汁飲もうね」


 謎に母性を感じる韻律で西園寺が砕いた食材で作った土手に汁を注いでいた。程なくして、西園寺は汁を全て鈴木という名の食材で作った土手に注ぎ切る。それから鉄板の上に薄く引き伸ばす。ぷくぷくと泡が弾け香ばしいいい匂いが辺りに漂ってきた。


「ほら、鈴木出来たよ」


 いや、何でちょっと怒り気味なんだよ。


「鈴木が出来たっていってんの」


 いや、わかりにくいんだよ。ちなみに鈴木(俺)に対して鈴木(もんじゃ)が出来たと言っている。

 じゃあ食べるか、という事で俺が小さなヘラを手に取ろうとすると、


「ちょっと、鈴木何してるの」


 ひょいと西園寺に取り上げられてしまった。


「やらせてあげないって言ってるでしょ」


 くっ、また取り損なったか。もんじゃ奉行である西園寺は小さなヘラすら渡さない。


「鈴木は直に鉄板から舌で掬って食べて」


 さすがにそれは無理。口の中がタンシチューになってしまう。


「しょうがないな。はい、あーんして」


 西園寺が小さなヘラでもんじゃ焼きを掬うと俺の前に突き出してくる。俺は口を開ける西園寺が突き出してくるもんじゃ焼きの中に受け入れる。その瞬間、いい具合に具材と出汁の交じり合った旨味が広がる。


「どう、おいしい?」


 悔しい事にかなりおいしい。伊達にもんじゃ奉行は名乗っていない。もんじゃ焼きを作らせたら西園寺の右に出るものはいないんじゃないだろうか。


「なんで私が食べさせてあげなきゃいけないのよ」


 それは西園寺が全てのヘラを独り占めしているからなのだが。


「いいもん、もう鈴木にたべさせてあげない」


 そう言うと、西園寺は大きなヘラでがばっともんじゃ焼きを掬うと自分の皿へとインする。このメンヘラめ。情緒が不安定過ぎる。


「鈴木は全部私のものなんだから、もう鈴木大好き、ずっと鈴木がいい」


 いや、さすがに毎日もんじゃ焼きは辛いだろ。っていうかもんじゃ焼きへの愛が重い。愛が重いのもメンヘラの特徴とは言うが、ここまでもんじゃ焼きへの愛が重いとは。


「鈴木、大好きだよ」


 いや、何度もんじゃ焼きへの愛を確認するんだよ。もう十分もんじゃ焼きに西園寺の想いは伝わってると思うぞ。


「ちょっと、聞いてるの鈴木」


 え、あ、俺の方か。いや、スマン。もんじゃ焼きの方に気を取られていて聞いてなかった。何か言ったのか?


「じゃあ、いい」


 不満モードになると、バクバクともんじゃ焼きのヤケ食いを始める。いや、なんなんだ。さっきまでもんじゃ焼きへの愛を語っていたと思ったら、急に雑に食い始めたぞ。まったくメンヘラってのは意味のわからない生き物だ。


「ねぇ、鈴木」


 会計を終えて、店を出るとチラチラとこちらを伺いながら西園寺が俺を見てくる。


「また、一緒にもんじゃ焼きしてくれる?」


 メンヘラ特有の束縛があるとはいえ、西園寺の作るもんじゃ焼きは美味しいのは事実だからな。いつももんじゃ焼きの名前を鈴木にするのが困りものなのだが。


 俺は二つ返事で返す。

 もうしばらくは、メンヘラちゃんにヘラでもんじゃ焼きを作ってもらう事になりそうだ。

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メンヘラちゃんがヘラでもんじゃ焼きを作ってくれる話 志雄崎あおい @zakkii

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