第4話 絶世の美少女が私?
「そうそう、その調子ですよ。奥様」
「……えっ、これ本当に大丈夫なんですか?どう見てもうねうねした線……」
ローデリヒさんに文字が読めない事を話したら、眉間に皺を寄せて険しい顔をされた。あの人いつも眉間に皺寄せてる……いつか皺が取れなくなりそう。
私に語学の教師を付けるべきかどうかはゼルマさんの判断次第だという事で、早速図書室から帰ってきて読み書きを教わっている。
一応キルシュライト語と呼ばれるこの言葉は、ここらの周辺国にまで広く使われている言語らしい。キルシュライト語表を見せてもらうと、どうやらローマ字と法則はよく似ているみたい。
酷いミミズ字を見ている感じだけど、意外とちょろい。
読み書きが通じないだけで、話してる分には普通に通じている。そのお陰でローマ字と同じ法則だって知れた。
ついでに読み書きも会話と同じく、出来るようになってて欲しかったのに……。
「読み書きは練習あるのみですからね。……そういえば、奥様は毎日日記をお書きになっていらっしゃったので、続けてみてはいかがですか?」
「日記?そんなもの書いてたんですか?」
「ええ。ご結婚当初から毎日」
日記なんてもの、三日坊主で挫折してしまうタイプなんだけど私。益々自分が分からなくなってくる。
「……その日記はどこにあるんですか?」
「机の引き出しに大事にしまわれてましたよ」
言われるままに使っていた机の引き出しを開けると、とても分厚い本が出てくる。図書室の辞書みたいな本といい勝負してる。数年単位の日記帳かな?
試しに本の真ん中位のページを開いてみると、ぎっしり文章が書かれていた。
うわ……、マメだ……。
結婚当初って事は……、あれ?
「……ゼルマさん。私、結婚っていつ頃にしたんですか?」
「二年と少し前ですよ。ようやく三年目に入った所です」
「そ、そうなんですね……」
じゃあ、二年ちょっとこの日記帳は使われているんだ……。
っていうか、結婚三年目にして子供出来る心当たりが一回しかない?これって……、白い結婚に片足突っ込んでない?
これは……本気で仮面夫婦なんじゃないの?
「そうです。読み書きの練習を兼ねて、日記を書くのはどうでしょう?今までも続けてこられたのですし」
「そう……ですね。そうしてみようかな」
相変わらずミミズ字は読めなかったけど、私はキルシュライト語表を自分の近くに引き寄せながら羽根ペンを取った。
そうだなあ……あんまり日記なんて書かないから、あんまり文章が思いつかないんだけれど。
ペン先がゆらゆらとしばらく悩むように揺らいだけれど、心情を吐き出すように勢いよく紙に滑らせた。
ーー仮面夫婦の妊婦妻になりまして、どうやら状況はあまり良くないようでとても不安です。
余談だけれど、ジギスムントさんとゼルマさんは長年連れ添った夫婦らしい。ニコニコしてる感じとか、穏やかな雰囲気とか、会って間もないけれど似ていて納得だ。
夫婦って似てくるっていうしね。
ーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
「なんか浮かび上がってる……」
夜、ゼルマさんがお風呂の手伝いをするということでお風呂場まで入ってこようとしてたけど、私は必死でやめてもらった。
知らない人に裸見られるのは……まあ、同性なら温泉みたいな大衆浴場と一緒でそこまで抵抗はないのだけれど、お風呂のお手伝いは訳が違う。
身体や髪を洗ってもらうらしい。
そして恐ろしい事に、過去の私はそれを当たり前のように受け入れていたらしい。
正直有り得ない。
軽いどころか、今日一番のカルチャーショックだったんですけど……。
服を脱ぐと、やはり胸がかなり大きくなっている。
これはとても嬉しくて、思わず一人でニヤニヤしてしまった。胸に栄養がいかなくて友達にからかわれていたし。
女子高でもかなりあけすけなグループにいたしね。
それよりも、だ。
ジギスムントさんに言われた通り、妊娠しているならばお腹に家紋が浮かび上がってくるって言われた。
確かにうっすらとピンク色の紋章が下腹に滲んでいるような感じ。
母親側の家の家紋だと聞いたけれど、国旗や日本の家紋とは違ってーーエジプトの象形文字みたいな模様だった。
なんかイメージしてたのとちょっと違う。そして、意外と簡素。
例えるなら、ちっちゃいタトゥーシールを貼ってから四日後みたいな。あんまり見栄えはよくない。
本当にタトゥーシールかと思って覗き込んでみたけど、どうやら皮膚の下から滲むように色が変わっているみたいで、全く仕組みが分からなかった。
諦めてさっさと浴室に入る。
ローちゃんは脱衣場までのっそりと着いてきたけれど、やはり猫は水が苦手なのか浴室までは入ってこなかった。
ゼルマさんがお風呂の使い方を教えてくれたお陰で、この国のお風呂って変わっているって気付いた。
こちらでは、普通に蛇口捻って水道から水やお湯が出てくる訳では無いらしい。
じゃあどうするのかというと、透き通るような海色をした宝石と、燃え盛る炎のような色をした宝石に触れれば、専用の器具から温水シャワーが出てくるのだと。
こちらも全く仕組みが分からない。
考えても仕方ないね。ぶっちゃけ細かい事はどうでも良いやと、思考放棄しといた。
国が変わっても、お風呂文化がほぼそのままでだったからどうでもいっか。
お風呂の鏡の前に座って、顔を洗おうと顔を上げて私は思わず
艶々の枝毛一つなさそうな美しいブロンドの髪。零れ落ちそうなピンク色の大きな瞳は、やや猫目気味。透明感のある真っ白い肌。
十人が十人振り返るような絶世の美少女がそこにはいた。
「……え、んっ?!」
私が手を頬にあてると美少女も同じポーズをとる。まずこの浴室には私しか居ないわけで、自ずとそれが自分の姿だと馬鹿でも分かった。
自分の驚きの声がエコーしたけど、日本人の平均的な顔立ちの私が西洋人のようになっていたショックで気にする余裕なんてなかった。
「な、何かあったのか……?!」
私の声を聞きつけたらしいローデリヒさんが勢いよく浴室の扉を開ける。ガン、だのガシャンだの、浴室の扉が派手な音を立てたけど、それに気にすることなく私の目の前に立つ。
「どうかしたのか?身体に変調でもあったのか?」
そして気付いた。
私、今ーー裸だ。
「いっ、いやあああああああっ!!!!」
お風呂場で派手な打擲音と、私の叫び声が響き渡った。
ーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
思いっきり平手打ちをしてしまった。
完全に条件反射だったけれど、一応夫婦だし浴室入っても許容範囲というか、それは許してしまうべきだったんじゃないかとか、グルグル頭を巡っている。
女子校育ちは男に耐性が全くないんだってば。ああいう事されると、完全にどうしていいか分からなくなっちゃうんだってば、なんて、言い訳も同時にポンポン思い付く。
要するに、気まずい。
ローデリヒさん王太子様だし、平手打ちで不敬にならない?大丈夫かな?
ローデリヒさんも勝手にお風呂場に入ったのは悪いと思ったみたいで、ちゃんと謝ってくれたんだよね。
キングサイズの天蓋付きベッドでゴロゴロしながら、手を出してしまったのは私なので、次に会ったら私もちゃんと謝ろうという結論に至った。
仮面夫婦なので、もしかしたらしばらく会わないかもしれないけど。
ベッドに横になっていると、ぼんやりと思考が煙ってきた。その心地良さにうとうとしていると、ノック音がした。
寝転んだままは流石に失礼なので、身を起こす。寝間着だという白いワンピースみたいな服なので、そのまま返事をした。
ゼルマさんかな?と思いながら返事をしたけど、入ってきたのは予想と全く違って、金髪碧眼の王子様ーーローデリヒさんだった。
しばらく会わないどころか、十分も経たずに会ってしまっている。
とても、気まずい。
ローデリヒさんはワイシャツにベスト姿ではなく、私と同じく白い緩いシャツのようなものに同色のズボンを履いていた。
「すまない。もう休んでいる所だったか?」
「い、いえっ、これから……です」
「そうか」
謝ろうと勢いよく息を吸った。
ベッドサイドで煌々と部屋を照らすライトスタンドにローデリヒさんが手を翳す。何がどうなったのか、ライトスタンドの灯りが夕暮れ時の色に変わって、光量も小さくなった。
完全に目の前の出来事に呆気に取られて、謝るタイミングを失った私だったけれど、さらにその出来事すらも次の瞬間頭から飛んで行った。
キングサイズのベッドにローデリヒさんが潜り込んできたから。
……えっ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます