第18話 トモガラ
ぞっとした。学生時代はあまり目立たないほうだったが、不良に絡まれたことは一度もなかった。相手は三人、ガタイもよく、格闘技の経験がありそうだ。ひ弱な春は怯えながら、返事をした。
「そ、そうですけど」
すると男の一人がにこやかに笑った。営業スマイルにしては下手すぎる。口元は笑っているが目が笑っていない。大きく発達した大胸筋を突き出し、春を壁際まで追い込んだ。
「あなた、連帯保証人になってますよね」
身に覚えのない単語。春は全力で首を振った。
「いやいや困りますよ。お金、返してもらわないと。ほらここにちゃんとあなたの名前が書かれているでしょ」
男はポケットからしわくちゃの紙切れを一枚取り出し、春の顔に近づけた。確かには自分の名前が書かれている。だがどう考えても自分の字ではない。それに印鑑も押されているわけでは無いし、完全にいいかがりだ。
「僕は何も知りませんよ」
「そういう態度に出ちゃいます?」
男がそう言うと、後ろで待機していた二人が拳を鳴らした。
「そ、そのいくらなんですか」
春が吃りながら問いかけると、男は不気味な笑みを浮かべ、耳元で囁いた。その金額を聞いた春は卒倒した。顔が真っ蒼になり、視界が歪んだ。
新卒一年目の春には到底、払えるわけのない額。腰がすくみ、息が上がった。
「どうします? 払いますか」
「無理ですよ、そんな額……僕には」
「じゃあ、さらに連帯保証人、作っちゃいますか」
「何を……?」
「つまり、あなたの親しい友人の名前を勝手に使って、そいつに借金を押し付けちゃえばいいんですよ。まぁその分、利子は膨れ上がりますがね。でも取り敢えずはこの絶望的な状況からは逃れられますよ」
「何を言ってるんだ」
震えた声を出した。
春が親しい友人と聞かれて最初に思い浮かべたのは四方田だった。大学に進学してからはかなり疎遠になってしまったが、いままで親友と呼べる人間は四方田ただ一人だった。
たった一人の親友を売るわけにはいかない。春の答えは即答だった。
「僕にそんなことは出来ない」
「じゃあ払うんですか?」
「いや、それも……いまそんなお金は……」
「じゃあ地獄に落ちますか」
春は生唾を飲み込んだ。〝地獄〟その末恐ろしい響きを反駁した。この男は本気だ。払うと言うまで、拉致監禁して、どこかの山奥で生涯奴隷として労働を強いられるかもしれない。そして、保険金をかけれて最後は自殺と銘打って殺される。
そんな未来が男の瞳から読み取れた。
「それでも僕は……大事な友達を売るような真似は出来ないんだ!」
春は恐怖を吹き飛ばすような大きな声で叫んだ。男は春の胸倉を掴み上げ、硬く拳を握った。
「だったら覚悟しな」
あまりの恐怖に目を瞑った、殴られるなんて、生まれ始めてだ。歯を食いしばり、痛みを観念した。
だが衝撃は来ない。ゆっくりと目を開けると、男は大通りのほうを見ていた。
「地獄に落ちるのは俺だ。春じゃない」
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